第3話 ベンチプレスが淫れる


「やっぱり最初はこれじゃないか? ジムトレの花形だっ!」


「こ……これは!」


「ほえええー」


 ナオミさん真っ先におすすめしてきたトレーニング。


 なんとそれは『ベンチプレス』だった!


 トレーニング知識がほぼ皆無な俺でも知っている、超メジャーな種目である。


 でも……。


「これって上級者向けなんじゃ?」


 ヨーチューブの動画とかで見たことがあるのは、本格的なスーツに身を包んだマッチョさんが、数百kgにも達する巨大なバーベルを上げ下げするやつだ。


 あんなの、とてもじゃないが真似できんぞ……。


「いきなり1人で始めるのは敷居が高いかもねー。でも、あたしがついているし、今ならガチ勢もいなくて気楽だよっ? ベンチはテンションあがるし、上半身を広く鍛えられる。チャレンジしてみないかい?」


「う、うーん……」


 興味はあるけど……上手く出来なかったらカッコ悪いしなー。


 やっぱり最初は、楽そうなマシンをカシャンカシャンと……。


「じゃあ、私やってみるー!」


「えっ?」


「おっ、ユーコちゃんが先にいくかいー?」


「うんっ!」


 なんと、俺がまごついている間に、遊子が先にベンチに乗ってしまった。


 さっそく仰向けになり、ウェイトのついていないバーを握る。


「この棒を上げ下げすればいいんだよね?」


「そうだよー、でもこのシャフトバーだけで20kgあるからねー。女の子にはちょっときついかもよー?」


「大丈夫! みててよハルキ、私の『棒さばき♡』を見せてあげるからっ!」


「お、おう……」


 頼もしいな……でも、いちいち変なイントネーション付けなくていいからな?


「じゃあ初めてだし、お姉さんちょっと補助するよ。手の位置はね、こう……バーを降ろした時に、肘が直角になるくらいの位置に……」


「この辺?」


「そうそう……いい『握りっぷり♡』だ! 流石だね! そのまま、肘がまっすぐになるまで持ち上げてみようか」


「はぁーい、いっきまーす! えええーいっ!」


「おおっ!?」


 なんと遊子は、その細い腕で20kgのバーを上げてしまった!


 フラフラして心もとないが、それでもしっかり腕で支えている。


 そこでナオミさんが一歩前に踏み出し、補助に入る。


「よーし、こっからだー! まずは『おっぱい♡』の少し下あたりを目指してバーを降ろしていこー!」


「ふぬぬぬぬ……!」


 ふむふむ……もっとこう、肩の上あたりで垂直に上げ下げするのかと思っていたけど、けっこう曲線的な動きになるんだなぁ。


 あと、やっぱりイントネーションが……。


「しっかり『むね♡』を張るんだよー? じゃないと大胸筋に効かないからねっ」


「はーい! ふぐぐー!」


 やがてバーは、遊子のみぞおちの少し上あたりにプニッと着地する。


 この時点でかなりきつそうだ、おへそがヒクヒクしている。


「じゃあ、上げるよー! いーち……」


「ふおおおおー!」


「にーい……」


「ぐぬぬぬー!」


「さーん……おおー、頑張るねー! よーん……」


「でやああああー!!」


 結局遊子は、20kgのバーをいきなり5発も上げてしまった。


「はぁ……はぁ……♡ 腕がプルプルすりゅぅ……♡」


 おでこに汗をにじませて、グッタリとする遊子。


 いつものことではあるが、何かにつけて色っぽい仕草をしやがる……。


 だがすげえな、これは負けてられん!


「お、俺もやります!」


「よーしきたー! 君は男の子だから、40kgくらいはいけるよね!」


「えっ!?」


 いきなりそれは!?


 一瞬、ギクリとするが。


「はははっ! 冗談冗談、先ずは30kgでウォーミングアップかな?」


「ほっ……」


 実は、それでもベンチ初心者にはけっこうキツい重量だったりするのだが……。


 まんま、ナオミさんの口車に乗せられてしまったことを、俺はすぐに知ることになる。


「じゃあいきます!」


 遊子が上げたバーに、小さな5kgの重りを2つ乗せただけ。


 ビジュアル的には全然いけそうな気がしたのだが……。


「ふんぬ……! うおっ!? けっこうヤベえ!」


 肩から先がグラグラする!


 予想以上にバーベルが安定せず、下手をすれば、頭か腹の上にでも落っことしてしまいそうだ!


「あわわわ……!?」


「やれやれ、仕方ないなあ……うふっ♡」


 その時、俺の頭のあたりで補助に立っていたナオミさんが、『大きく』一歩前に踏み出した。


 そしてグラグラ揺れるバーに手を添える。


 すると――。


「!?」


「よーし、じゃあゆっくり降ろすよー」


 こ、これは……!


 ナオミさん、もう完全に俺の顔を『またいで』しまっているぞ!?


「ふ、ふおおお……!?」


 ピチピチパツパツで、汗がにじんで肌が透けるかのようなナオミさんの下腹部が、俺の鼻先5センチメートルの位置に!


 えええ!? 遊子の時って、こんなに前に出ていたっけ!?


「どうしたどうしたー? しっかり肩甲骨をしめて、胸をストレッチする! じゃないと安定しないし、効かないよー?」


「は、はい……!」


 俺はいろんな意味でプルプルしていた。


 ナオミさんの生暖かい体温や、汗の匂いまで伝わってくる……。


 というか……ヨガパンツの上にうっすらと、下着のラインがT字型に浮き上がって……。


 つ、つまり……ナオミさんがその下につけているのは……T!


「う、うおおおー!」


 心頭滅却! 煩悩退散!


 集中しろ! 筋肉に集中するんだー!!


 じゃないと、変な場所がパンプしてしまう……!


 というか、既にしてしまってるううー!?


「いーち……にーい……どうした、ユーコちゃんに負けてるぞー? うふふっ♡」


「は、はいぃ! ふぬううううー!」


「さーん……しーい……頑張れ頑張れー! まだまだウォーミングアップなんだぞー? じゅるり……♡」


「はっ!? そうだった……」


 10回くらい出来なきゃお話にならない!


 ナオミさんが、遊子の時より前に踏み出しているのは、より重量が上がって、補助をしっかりやらなければならないからだ。


 それを俺は……変な気を起こしやがってバカか! しっかりしろー!


「うほおおおおーっ!」


「ごーお、ろーく……いいねいいねー! やっぱり男の子だー! なーな……はーち……わあ、すっごーい♡ きゅーう……らすとー!」


 そして俺は、プルプルになりながらも10発上げきった!


「はぁ……はぁ……」


 や、ヤバい……これでウォーミングアップか……。


 肩から先がダルダルになっちまったよ……。


「よーし、じゃあ交代だねー。ああ、おいしかった♡」


「えっ?」


「ううん、何でもないよ! やっぱ遊子ちゃんにはこのバーは重いなー、こっちの10kgのバーを使ってやろうか?」


「あっ、さっきのより細くて短くて可愛い! 私こっちの『棒♡』も好きかもー」


 う、うーん……イントーネション。


「あははは! これでもユーコちゃんみたいな初めてさんには『きっつい♡』からねっ! ハルキ君は当然、次は40kgでいくよー?」


「は、はい……」


 だからイントネーション!


 2人とも、下ネタ大好き人間か……!


「ふう……」


 俺は思わずため息をついてしまう。


 そしてベンチから起き上がり、筋肉の疲労を抜くべく、腕をぶらぶらとさせた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る