第二十六話 一筋の光

 本館中央の入り口付近まで来て、サリオンの腰に回した手を離し、代わりに手を繋ぐ。二人の前後左右に勇ましい護衛兵が付き、物々しい空気を発している。

 両開き扉が開け放たれた正面玄関。

 円形の大ホールは幾重にも人垣ができている。

 二階へ続く大階段にも、二階のホールに面した廊下の手摺りにも人、人、人。顔。顔。顔。まるで公娼中の下男や来訪者が集結したかのようだった。

 足がすくみ、尻込みしかけるサリオンを、アルベルトが肩越しに鼓舞をする。


「大丈夫だ。俺がいる」


 肉感的な唇を横に引き、不敵な笑みを浮かべている。繋いだ手にも一層力が込められる。なにが起きても、どんな時でも全力で護り抜く。そんな自信に満ち溢れ、昂然こうぜんとして胸を張る。

 徐々に顔を上げたサリオンは、二階にある昼三男娼の持ち部屋近くに目を向ける。レナの部屋もそこにある。群集の中にレナを探していた。そこにレナを見つけたら、また逆に、見当たらなければ見当たらないで懊悩するのはわかっている。悲しむ権利はないことも、わかっている。 

 けれども、これが本当に最後なら。

 たとえレナにどんな目で見られようとも構わない。もう二度と逢えなくなるのなら、この目にレナを焼きつけたい。歩みが緩まるサリオンを振り返り、アルベルトが眉を曇らせた。


「レナのことは、もう追うな」

「アルベルト……」

「それが作法というものだ。お前はレナを蹴落とした。そのくせかえりみるのは偽善者だ」


 アルベルトに叱咤され、サリオンは唇を引き結ぶ。胸にもやが垂れ込めて、額面通りに受け取れなかった。それでいて反論できない。アルベルトの訓戒こそが正論だ。

 一連の事のてんまつを勝ち負けなどには、したくない。だが、綺麗事にもできないのだ。胸を衝かれた思いでいると、サリオンは玄関近くでひしめく群集の中に、一人の少年を見出した。


 男娼としての位の高さを示す薄絹の貫頭衣かんとうい。金糸が織り込まれた腰帯を締め、短いすそで剥き出しにされた長くて細い足。ゆるい巻き毛の金髪を夜風になびかせ、気遣わしげにこちらを見ている。小鹿のような目をした彼。サリオンは思わず立ち止まり、先を行くアルベルトの手を引っ張った。


「待って、アルベルト」

「何だ? どうした?」

「ミハエル様を……」


 思いがいて、舌がうまく回らない。アルベルトの肘辺りのトガを握り締め、一心に彼を見つめるしかない。暗雲から一筋の光が射したように、鼓動が一気に高鳴った。


「ミハエル様を、俺と一緒に王宮に召し上げて欲しい」

「ミハエル?」


 アルベルトが怪訝そうにサリオンの視線を追いかける。

 寝所持ちのミハエルがダビデ提督との床入りをフリ、寝所持ちより位の高い昼三のオリバーがダビデを迎えて事態が収まり、結果としてオリバーが懐妊した。

 今、まさにアルベルトを窮地に追い込んでいる世継ぎの問題。

 その発端となったのはミハエルなのだが、ダビデに逆らう暴挙をいとわなかったミハエルとなら、こうを共にしたかった。

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