第九話 砂塵のように

終焉しゅうえんは、いつも突然訪れる。

大切でかけがえのない人ほど神は容赦なく奪い去る。

いったい今まで何のために奔走したのか問うたびに、虚しさだけが胸に湧く。

まんまと策に乗せられた自分に対する憤り。

それでも自分がレナにアルベルトの子を、皇太子を産んでくれと言ったのだ。

その要望に応えたレナを責める権利はどこにもない。

 

サリオンは十字架の張りつけの刑に処せられたキリストのように無力に項垂れ、

二階のレナの居室から廊下を渡り、正面玄関に移動する。

足が勝手に向かい出す。

レナ専属の側付きと、館内のいざこざを収める『廻し』の務めも兼ねるため、

営業開始時には必ず玄関先に立つ。

来客同士、同時間に目当てのΩを指名するなどした場合、

どちらの客を優先するのか判断し、

後回しにした客の機嫌を取ったりするのも役目のひとつだ。


心が少しも追いつかないのに、それらの業務に徹したい。

夕方に、レナの支度を手伝いうために居室に入った瞬間から、

これまでの当たり前の日常が当たり前ではなくなった。

今の自分は無くしてしまったレナと自分の『いつもの二人』の鱗片りんぺんを、館内に、

どこかに、あてどなく探し求める迷い子だ。

 

薄暗い廊下の壁掛けランプの蝋燭に下男が火をつけて回っている。

サリオンが前を通るたび、点された火が揺らめいた。

失ったのはレナだけか?

左右のランプに点された火が揺らぐ中、サリオンは自問する。

失くせば、きっと体の一部が欠けたように感じるものまで同時に失う。

それらは指の隙間から砂塵さじんのように流れ落ち、風にあおられ、霧散するのだ。

目の前で。


足早に廊下を通り抜け、

高い円天井に極彩色で女神が書かれた大ホールに繋がる階段を、

駆け下りかけた時だった。

大理石の大階段で足を滑らせ、転倒しかけた自分を「おい、危ね……っ!」という

焦った声を背後で発した誰かの腕が腹に回り、

しっかり抱き止められていた。


「……ミハエル様……」

 

甘さの中にも、鼻腔をツンと刺激する香油の薫りに包まれて、

サリオンは肩越しに振り返る。

アルベルトの従弟で傍若無人なダビデ提督に指名をされたが、果敢に拒絶し、

オリバーが代わりに身籠るきっかけになった騒動の当事者だ。


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