第二十七話 ふたつにひとつ
「自信がないと言い張るお前とレナとでは、お前の方が分が悪い。公正を規すには、お前が俺と寝る回数を増やすべきだ」
体の芯まで凍りつかせる口振りに追い詰められたサリオンは、返す言葉を失った。
壁際の柱時計の振り子の
応接の間に横たわる沈黙の重苦しさを際立たせている。
サリオンは臥台についた左手を拳に変えて口をつぐみ、
混乱に混乱を重ねる頭の中も胸の内も、落ち着かせようと必死になる。
アルベルトの気迫に呑まれる自分を懸命に叱咤した。
アルベルトが公娼でレナを抱く。
レナは切望していたその夜を心の底から享受して、枕を共にするのだろう。
サリオンは、レナにとっては初夜にも等しい夜のために、
レナの美貌が際立つ化粧をほどこし、
衣装に合わせた宝石を選ぶ自分を脳裏に思い浮かべていた。
レナは薔薇色に頬を紅潮させ、愛らしい口元に極上の笑みをたたえつつ、
今か今かとアルベルトを待つ。
αを欲情させるフェロモンを立ち昇らせて彼を出迎え、最高の饗宴を謳歌して、
昼三男娼の居室の豪奢なベッドに男を導く。
アルベルトはその時どんな顔をして、レナの寝所に足を踏み入れ、
公娼で初めてトガを脱ぐのだろう。
彼は何を思うのか。
この上もなく美しく蠱惑的なΩのレナに魅了され、
下働きの廻しのことなど頭の中から蹴り飛ばされているかもしれない。
サリオンは、手の甲に筋が立つほど握った拳をゆるゆる開いて項垂れた。
「どうする? サリオン」
サリオンの迷いを嗅ぎ取り、すかさずアルベルトから返事を二択で迫られる。
アルベルトが交渉してきた条件を、承諾するか否かの道しか選択肢はない。
「俺は……」
呟いたきり、サリオンは瞳を激しく震わせた。
通常廻しは客とΩが寝所に入ると居室を離れる。
公娼に来た客達と他のΩを取り持つ務めに一夜を費やす。
その
嫉妬の業火に炙り焼かれなければならない。
それが二人の為だとわかっているのに、感情が追いつかなくなる。
自分で仕向けておきながら、レナを抱いてしまえる男を恨んでしまいそうになる。
相手がアルベルトならば、もちろんレナは避妊薬など用いない。
すぐにでもアルベルトの子を身籠るに違いない。
その懐妊の一報は待ちに待った皇太子誕生の期待となって国を湧かせ、
民人はアルベルトにも、
皇帝に寄り添うレナにも歓喜に満ちた祝福の声を上げるはず。
そうなれば、オリバーがダビデの嫡子をもうけたところで、
王族の一人に子供が産まれただけの話にすぎない。
それですべてが上手くいくのに、サリオンは言葉にしそうになりかける。
レナを傷つけてでも出し抜いてでもアルベルトの子を宿したい。
皇太子さえもうければ、いちばん近くにいられるのなら。
ずっと一緒にいられるのなら。
そんな我欲が腹の底から響いてくる。
サリオンはゆっくり彼を仰ぎ見た。
剣の先を目の前の
尋問しているかのような横暴さとは裏腹に、悲しい目をした男がいた。
ひそめた眉がやりきれないさを語っていた。
その目を見た時、サリオンの体のどこかで膨張しきった熱塊が、
唸りを発して爆裂し、詰まった喉を開かせる。
「わかった」
と、罪人のようにサリオンは再び顔を伏せて言う。
静まり返った応接の間に自分の声がやけに大きく響いた気がした。
「……俺もあんたの言う通りにする」
発情してから二日も三日も寝起きを共にしていたら、
本当にアルベルトの子を宿してしまうかもしれない。
絶対にそうはならないの『絶対』は、自分にかけた
その呪詛が
それでも、だ。
差し出された彼の手を取る。それが今この瞬間の本心だからだ。
サリオンは突き動かされてしまっていた。
「いいだろう」
アルベルトは声を一段低くした。猛獣が喉を鳴らしたかのようだ。
「それならレナを抱いてやる。その時、お前は……」
語尾を濁したアルベルトが身を屈める。
背けた顔に顔を寄せ、サリオンの耳に吹き込むように囁いた。
「俺がレナを抱き終えるまで寝所に留まれ。その目ですべてを見届けろ」
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