第十七話

「あんたが公娼に来てレナと寝るなら、俺もあんたと寝てもいい」

 

政務の報告書でも読むように淡々として告げたあと、

サリオンは唇を固く引き結び、自分を見上げる男の顔を凝視した。

渇望しながら、落胆するかもしれないことまで、

予測している面持ちだったアルベルトは薄く口を開けたきり、

目を見開いて硬直した。


何を言われているのかが、全く理解できないとでも言いたげだ。


サリオンは拳をぎゅっと握り込む。

でなければ、言うべき言葉を絞り出せない。

芸術的に折れ曲げた青銅製の天井灯の蝋燭を、仰いで思わず目をつぶる。

心の中で十字架を切る。

怯んでしまいそうになる自分をそうして奮い立たせて目を開けた。


「ただし、絶対レナにはそれを言うな。俺とあんたの密約だ。あんたが俺と寝たいのなら、レナとも寝てくれ。今日はそれだけを言いに来た」


サリオンは肩で大きく息を吸い、重く深く吐き出した。

アルベルトはまだ動かない。瞬きだけをくり返し、瞳は微細に揺れている。

いつのまにか楽団の優雅な調べも止んでいた。

アルベルトもサリオンも、応接の間につどった者の誰もが、

石像にでもなってしまったかのようだ。

宴席ではなく、一家団欒の場として用いる温かみのある調度品で揃えられ、

低くて丸い食卓には主賓の好物ばかりが並んでいる。

まだ白い湯気を立てている。


「……正気か?」

 

と、尖った声でアルベルトが言う。

長椅子に横臥おうがしていた身を起こし、据わった目をして糾弾する。


「レナに子供ができたら、どうする? 俺はお前と俺との間にできた皇太子に、帝位を継がせたいんだぞ?」

「この国の法律だと、第一子に皇位継承権があるんだろう? レナに先に子供ができるか、俺に先にできるかどうかは、わからない。そればっかりは、たとえあんたが皇帝でも、どうにもならない采配さいはいだ」


サリオンは気色ばんだアルベルトをあおるように冷笑した。

左の頬と唇の端だけ僅かに上向いた。

次の瞬間、アルベルトは立ち上がるなり、

この上もなく豪勢な料理が居並ぶ楕円の卓を蹴り飛ばす。

食器が砕ける鋭い音が張りつめた静寂を打ち破る。

それはまるで殴りたくても殴れない憤怒を卓にぶつけたような暴挙に見えた。

サリオンは薄絹の貫頭衣の胸倉を力任せに掴み上げられ、

苦痛に顔を歪めたが、抗おうとはしなかった。


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