第三十四話
「陛下。宴席を御用意致しますので、南館へ御進み下さい。饗宴の間に御案内致します」
アルベルトが、こんな卑しい好奇の視線に晒されるなんて許せない。
その原因の一端が自分自身であるのであれば尚更だ。
サリオンはアルベルトを先導しようとしかけたが、
それを制してアルベルトが言う。
「今夜は帰る」
激情を押し殺そうとするような、平坦すぎる声だった。
「陛下」
「俺が会いたかったのは、お前だけだ。レナじゃない」
目を尖らせて言い放ち、身を翻したアルベルトが、あっという間に遠ざかる。
正面玄関の両脇には、武装した門番が立っている。
そしてアルベルトの護衛兵も待っていた。
アルベルトは《よろい》をまとった屈強な護衛兵を従えつつ、
石畳みの路地に繋がる階段を駆け下り、用意された馬車に乗り込む。
声も出せずに見送るしかないサリオンを、振り返ろうともしなかった。
ダビデに子供ができたとしても、レナとは寝ない。
アルベルトの真っ直ぐに伸びた背筋が無言で、お前だけだと語っていた。
棒杭のように突っ立って、走り去る馬車の音を聞いていると、
いつのまにか館の主人が真横にいた。
「オリバーは、たった一回寝ただけで提督の御子を孕んだのに、レナは一体いつになったら陛下の御子を産めるんだ?」
ついにはレナを買うことすらもしないまま、帰ってしまったアルベルトに、
館の主人は眉間に深い皺を寄せ、聞こえよがしに嘆息した。
側付きでもあるサリオンにも責任があるとでも言いたげに、
じろりと横目で睨んでくる。
「申し訳ございません……」
サリオンは
アルベルトはレナの寝所に入っても、一度も床入りしていない。
それを知るのはレナと自分とアルベルトと、
そしてアルベルトの側近中の側近に限られる。
レナに限らず、公娼で皇帝の子を授かるΩはいないのだ。
「役立たずのΩを昼三に据えて置いても仕方がない。このまま誰の子供も孕まなかったら売り飛ばしてやるからな。レナにもそう言え。最高位の昼三で、ふんぞり返って贅沢三昧したければ、子供を孕んでΩの勤めを、さっさと果たせ」
血走った目をしてサリオンの胸を数回指で叩いてから、
館の主人が憤然として去って行く。
「旦那様!」
サリオンは悲鳴じみた声を発した。
けれども主人は肩を怒らせ、大ホールから二階へ続く正面の大階段を上り出す。
きっぱりとした語勢は脅しや牽制ではない。
この国営の娼館では、奴隷のΩが客の子供を産むのが仕事だ。
劣情の捌け口になりさえすれば勤めを果たしたことにはならない。
そうともなれば不要な奴隷を売却しようと、処分をしようと、
レナを買った館の主人の意向ひとつだ。
サリオンは血の気を失い、蝋のように固まった。
故国のクルムであっという間に昼三にまで昇りつめ、
以来、王族のように絹や宝石でその身を飾り、側付き達にかしづかれ、
貴族だろうと富豪だろうと気に入らなければ袖にしてきたあのレナが、
奴隷商人に売り払われ、どこの誰とも知らない男に家畜のように買われていく。
階段の手摺りに掴まり、一歩ずつ階段を上る巨漢の主人を成す術もなく見送った。
考えられない。
サリオンは心の中で茫漠として呟いた。
そうなれば二度と会えなくなってしまうだろう。
鼓動が激しく胸を打ちつけ、こめかみから耳の後ろを冷たい汗が流れ落ちる。
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