第十八話
座るとガタつく木の椅子には、背もたれも羽根の詰まったクッションもない。
サリオンは自分の居室に帰って来ると、
手燭を窓辺のテーブルに置き、
それが毎日の習慣だ。
イアコブが宴席を終えたのは、予測した通り夜の十時過ぎだった。
デザートが運ばれた頃に下男にレナを呼びに行かせ、
束の間イアコブに
二人はレナの居室に入り、自分はここに戻って来た。
先に寝室に赴いたイアコブの隙を見計らい、
レナには今夜はイアコブを『フる』よう指示している。
経緯と詳細を説明するだけの時間の余裕はなかったのだが、「……いいの?」
と、レナは怪訝そうに小首を傾げて見上げてきた。
「イアコブと床入りしたいなら、それはそれで構わない。お前の自由だ」
一年中、発情期と同じ身体にさせられたレナにとっては数日ぶりの性交だ。
まだ足りないというのなら、
こちらの都合でレナの意思を無視することはできないと、サリオンは言い足した。
すると、レナは顔を伏せて失笑した。
「まさか」
と、小声で付け足した。
だとしたら、今頃はレナも『少々御待ち頂けますか?』の常套句で、
イアコブを寝室のベッドに残し、
部屋を出て、もう一度男娼用の浴場に浸かりに行っているはず。
イアコブと寝るつもりがないなら、施した化粧を浴場で落とし、
蒸し風呂にでも籠っているか、
香油のオイルマッサージを、浴場内の個室で下男に受けるなどして、
イアコブに買われた時間を悠々自適に潰せる身分だ。
また、宴席を終えた客が床入りを果たしたら、
しばらくの間、側付きとしての仕事はない。
客が予め決めた退室時間になった際には知らせに行き、
退出を促さなくてはならないが、それまでは食事をしたり仮眠をするなど、
僅かな自由が許される。
営業終了の大引けの時刻も近づきつつあり、
どうやら今夜は昨夜ダビデが起こしたような騒動もなさそうだ。
客がごねたりしなければ、
その場を収める『廻し』としての呼び出しにも応じずに済む。
サリオンは
一人きりの粗末な部屋で口に出す。
重い目蓋を伏せる時、眉間に皺が刻まれる。
投げ出した腕に窓辺からの隙間風を感じると、心許ない気持ちになる。
薄暗い壁に投影された手職の炎も揺れていた。
胸の奥を掻きむしるようにして豪語した。
それは自分も同じだった。
アルベルトが公娼に来なければ、二度とは会えない。
テオクウィントス帝国の皇帝は、
高台にある荘厳な宮殿で、
大理石と黄金と宝石に埋もれるようにして暮らしている。
そもそも敗戦国から奴隷として連行され、
公娼の主人に買われた奴隷のΩが、その尊顔を
アルベルトが足を運んでくれなければ、
そしてレナを相方として選んでくれていなければ、
会うこともできない
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