第十六話


「お待たせしました。お酒がお強い大人の方は、頼もしくて本当に魅力的……」


イアコブが横臥おうがする臥台がだいに戻るなり、

サリオンはイアコブにしなだれかかって密着した。

イアコブの銀の酒杯にワインをなみなみ注ぎ入れ、鼻にかかった声音で囁いた。

身じろいだイアコブの小さな目に熱い視線を送り込み、

媚びを含んだ笑みまで添える。


このまま色仕掛けでワインを呑ませ続けて、料理も更に追加させ、

饗宴を少しでも引き延ばす。

そうすれば、そのぶん床入り時間も短くなる。

イアコブも、気づいた時には肝心の床入りの為に残された時間の短さに、

青くなるに違いない。


ただし、饗宴の終了間際にレナを呼び寄せ、

二人をレナの居室まで先導しても、

サリオンはレナに今夜はイアコブを『フる』よう命じるつもりでいる。

見栄張りのイアコブは買った男娼にフラれても、

ダビデのように騒ぎ立てたりできないたちだ。

買った相方に『フラれた』恥を他の客に知られてしまうぐらいなら、

床入りした時と同じ額の料金と、

饗宴にかけた莫大な費用を黙って支払い、帰るだろう。


それが男娼以外の下男には一切触れない公娼での習わしを、

ないがしろにした無礼な客への報復だ。


また、同時に今夜はイアコブが公娼へ入ることを許された最後の日になる。


サリオンは公娼の主人に『廻し』として、イアコブの規約違反を報告し、

今後の入館を拒否するように申告すると決めていた。

すると、明日からはイアコブが来館したも、

門番が捺印された入館拒否書を盾のように提示して、追い返すことが可能になる。


「お前は強い男が好きなのか?」

「はい。好ましく存じます」

「そうか。それなら『こっち』も強い方がいいのか?」

 

酒が回って半眼になったイアコブに、腰や尻を撫でられ、揉まれ、

酒臭い息を吐きかけられる。

酒杯のワインを仰ぎつつ、サリオンの内腿にまで手を這わせた。


「陛下とはもう寝たんだろう? 陛下はどうだ。お前好みの『強い男』だったのか?」


荒い呼吸が耳にかかり、ぞわりと肌が粟立った。

同時にカッと腹の底が熱くなり、火柱のような憤怒が一気に脳天を突き抜ける。

 

アルベルトは公娼のΩの下男に寄せる気持ちを隠さない。

誰にでも言い、どこででも言う。

公娼の外でなら、嬉しげに抱擁もするし、肩も抱く。

隙を見つけて頬や額にキスもする。

けれども口づけを強いられたことは一度もない。


いっそ命令すればいいものを、

それだけはしないと心に決めているようなアルベルトらしい男気を汚された。

そんな気がして逆上する。


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