第七話


どんなに邪険にされようと、レナは諦めようとはしていない。

サリオンが秘密裏に入手している避妊薬を、

まるで当然のように享受して飲む。

いつしか礼すら言わなくなったレナに無性に苛立った。


家族がいない者同士、互いに兄弟のように思い合い、

凍える体を寄せ合うように生きてきた。

そんなレナを助けになりたい、守りたい、笑顔が見たい一心で、

禁忌の避妊薬を入手する為、危ない橋も渡る自分はレナにとっては何なのか。


「クリストファー様が待っていらっしゃる。饗宴の間に急ごう」


サリオンはロウソクの火が点された手燭を取り上げ、

先導するようにドアを開けた。今はするべきことをするだけだ。

収拾のつかない感情からは目を背け、

廊下の床をサンダルでカツカツと踏み鳴らす。


アルベルトの気持ちに応じれば、自分達はαとΩの番になれる。

なれるのかもれしないが、絶対になれない現実もわかっている。


天井の明かり取りの窓から射し込む光の筋を見上げては、

慌ててサリオンは俯いた。

差し伸べられたアルベルトの手を、

掴みそうになりかける自分を叱り飛ばしている。


サリオンは本館の二階から一階に下りて、モザイクタイルで装飾された大ホールに何本も通じている通路のうち、南館へと続く廊下を黙って進む。

レナも後をついて来る。

夜営業が始まって間もない館は、来館者や男娼や下男達が行き交って、忙しない。


天井が高く、漆喰の壁の渡り廊下も、すれ違う者の話し声や靴音が反響し、

隣を歩く相手の声すら聞き取りにくくなってしまう。

麻地のトガをまとっている高貴な客も互いの耳に口を近づけ、

怒鳴るように話している。

歩きながらも会話に夢中になっている彼等でさえも、

レナに気づくと言葉を失う。

話の途中で時が止まってしまったように口を開け、

レナを頭の上から足の先まで視線でなぞる。魅入っている。


そして、傍らをレナが通り過ぎても振り返り、

濃艶な芳香を漂わせる大輪の花を眺めるように目を細め、

切なげに眉を寄せるのだ。


今や帝国一の美少年と謳われる高嶺の花の男娼を、手折ることができるのは、

ほんの一部のαだ。

彼等はおそらく生唾を呑んでしのぐことしかできない下層貴族か富裕層のβだろう。

最高位の昼三だという気位と貫禄を全身から放つレナの眩さは圧巻だ。

レナがクリストファーでは首を縦に振ろうとしない理由もわかる。


やはりレナは絶対王者だ。

目の前でそれを見せつけられると、胸の奥がじくじくと膿むように痛み出し、

視線が次第に足元に落ちる。


美しい者には人は勝てない。


だからこそ、レナにはアルベルトがふさわしい。

アルベルトにも、レナほど似合いの番はいない。

頭では嫌というほどわかっている。わかっているのに心は千路に乱れている。


サリオンは、二人のためにも自分のためにもアルベルトからは離れると、

決めている。

思案の末に導き出したはずの答えを、自分でねくり廻している。

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