第六十話
かび臭くて湿ったベッドの上で息を凝らし、
収拾のつかない混乱と焦燥にかられていると、部屋のドアがノックされた。
「サリオン、俺だ」
ドアの向こうで声がした。その声の
バネのように跳ね起きる。
「ミハエル様?」
床に脱ぎ捨てたサンダルを慌てて突っかけ、サリオンはドアを押し開けた。
「悪いな、ちょうど休憩時間のはずなのに」
手燭を掲げてドアの前に立っていたのは、
ダビデをフッて逃げた寝所持ち男娼のミハエルだ。
ダビデが引き起こした騒動が鎮静するまで、一体どこにいたのだろう。
「入ってもいいか?」
「もちろんです。むさ苦しい部屋ですが、とにかく早くお入り下さい。提督はまだ館内にいらっしゃいます。皇帝陛下がミハエル様にも報復などなさらないよう、提督にくれぐれもと釘をさして下さったようですが、やはり今夜は提督の目に触れない方が……」
サリオンはミハエルを中に招き入れた。
念のために廊下を左右に見回したが、大引けの午前二時を過ぎたばかりの館内は、闇と静寂に包まれて、廊下を歩く人影も見られない。
どうやらミハエルは側付きも連れずに、一人でやって来たらしい。
西館の一階には厨房と下男用の浴場と、
位の低い下働きの者達が寝起きする大部屋があり、
二階はサリオンのような位の高い下男の個室が数部屋と、
敷布などの洗濯場や物置き部屋があるだけだ。
一階は賑やかだが、夜ともなると、西館の二階の外れは
ミハエルの突然の来訪を誰にも見咎められずに済んで胸を撫で下ろし、
サリオンはドアを注意深く静かに閉じた。
振り返るとミハエルが、手燭を窓際のテーブルに置いている。
焦っていたので見落としたのだが、
ミハエルは銀の食器をいくつか並べた銀の盆も、
同じテーブルに乗せていた。
「ミハエル様、それは……」
傾いだ粗末なテーブルには不似合いな、
銀の盆に並べられた食器から、白い湯気が上がっている。
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