第四十三話

 

ダビデは束の間、黙り込んだ。

護衛兵も見ている手前、諾々と服従するのは憚られるとでも言いたげに動かない。


しかし、アルベルトが長剣の切っ先を静かにダビデに向けた直後、

ダビデは引きつったような声を出し、

サリオンを手荷物か何かのように突き放した。

剣を収めた腰の鞘も、もどかしそうに引き抜いて、自らの足元に叩きつけた。


薄暗い廊下に落ちた剣が甲高い音を響かせる。

剣と一緒に矜持も体裁もかなぐり捨てたダビデは護衛兵の一団の元に駆け戻り、

彼等を盾にするように、最後尾へと身を潜めた。


「サリオン!」

 

アルベルトの大声とともに、けたたましい足音が近くなる。

頭を上げかけたサリオンは、すくうように抱き起こされ、

熱っぽい胸の中に閉じ込められて背がしなる。


「……良かった、サリオン。間に合って」

「……アルベルト?」

「もう大丈夫だ。……大丈夫」


何度も耳元で囁かれ、ダビデに掴まれ続けて痺れたようになっている、

二の腕を優しく撫でられる。


気安く触るな、離れろと、いつものように毒づきたいのに、それができない。

はがねのように堅くて厚い胸に頬を預け続けていたかった。

手にも足にも力が入らず、

腑抜けのようになった体を、抱いて支えていて欲しい。

サリオンは、抱き締められて初めておこりのように震えていた、

自分自身に気づかされ、

アルベルトの絹のトガを両手できつく握り込む。


アルベルトは声にならない訴えを無言で察したかのように、

戦慄くサリオンの歯の音が止むまで、しっかり抱いていてくれた。

サリオンの乱れた髪を梳き撫でて、

アルベルトもまたサリオンの髪に頬を押し当てた。


「……どうして、ここに?」

 

人心地ついてから、サリオンは彼の胸に抱かれたまま、

掠れた声でぽつりと訊ねた。


「あの後、最初は部屋の外から悲鳴のような声がした。それから廊下が騒々しくなり、物が壊れる音もした。館内にダビデがいるのはわかっていたから、念の為、騒ぎの部屋まで確かめに行った。もし騒動の発端がダビデなら、止められるのは俺だけだからな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る