第三十八話

 

神々を模した彫像めいた美貌と、男としては完璧な肉体の持ち主でありながら、

サリオンはダビデ提督を美しいと感じたことは一度もない。

いつも酔ってでもいるように口元に締まりがなく、

知性の欠片も感じさせない凶暴な目つきをした、

野犬のような男だとしか評せない。

 

アルベルトより二歳上の三十四歳だと聞いているが、

才気も威厳もアルベルトの比ではない。

それが年下の従弟に対するこの男の、果てしない憎悪の源でもあるのだろう。


「アルベルトの手垢がついた薄汚いΩの奴隷が何の用だ」


肩を左右に揺らしつつ、正面まで来た提督に酒臭い息を吐きかけられ、

顔を背けそうになる。

しかも、この男こそ、ユーリスを惨殺した帝国侵略軍の最高司令官。

アルベルト同様、つがいの仇だ。

姿が視界をよぎるたび、刺し違えても殺してやりたい衝動を、

歯噛みしながら堪えている。


そんな男に対してでも、サリオンは謝罪の主旨を満面に作り出し、

絞り出すような声で言い述べた。

口先だけで詫びることなど、寝所で男に抱かれながら、

嬌声を張り上げるようなものだった。


「実はミハエル様は先程から頭痛と眩暈を訴えられ、寝込んでしまっておられます。只今医師に診察させておりますので、もうしばらくお待ち頂けませんでしょうか」


サリオンはアルベルトの自分に対する執心は、

周知の事実になっていたため、否定も肯定もしなかった。

だが内心では、アルベルトには唇でさえ許していないと、大声で反論する。


また、その周知の事実だった執心さえも、

公娼という、色恋の娯楽の場での単なる『遊び』だ。

それ以上でもそれ以下でもない。

それにしては随分と、金のかかる遊びだったはずなのだが、

大国テオクウィントス帝国皇帝陛下にしてみれば、

はした金にすぎないのだろう。


サリオンは伏し目がちになりながら、無意識の内に自嘲した。


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