第二十八話

 

サリオンは憮然としたまま、館の一階の厨房に戻り、

アルベルトが注文していた主菜以降の料理は全部無効になったと、

料理番達に通達した。


「それじゃあ、これはどうすりゃいいんだ。後はもう皿に盛るだけだったのに」


炭火で焼いた猪肉や、燻製にした牛肉や豚肉、フォアグラのソテー、茹でた海老のキャビア添えなど、

皇帝の宴席でしか供されることがないような豪華な主菜の数々を、

料理番は指し示す。


「それは全部、館の者で分けて食えばいいそうだ。代金は陛下が払って下さっているからな」


サリオンは眉尻を下げて失笑した。

途端にどよめきが湧き起こり、料理番も給仕の者も諸手もろてを挙げて喜んだ。


公娼では宴席に出された料理が、たとえ手つかずで厨房に戻されても、

そのまま残飯として破棄しなければならない規則だ。

公娼で働く者達は全員奴隷の身分だからだ。

料理番も下男達も、最上級から最下級の男娼も、

それぞれの務めに応じた食事しか、館からは提供されない。

 

最下級の男娼は、最下級の男娼相応の粗食であり、

廻しのサリオンのように個室も与えられない。

大部屋の床に藁を敷き、雑魚寝をしている下男の食事は、

せいぜい硬くなったパンの屑と、野菜がほんの少し浮いたスープだ。

家畜と何ら変わらない。


そんな飢えをしのぎたければ、サリオンのように客から貰ったチップを貯蓄し、

館の外の食堂へ行くなどすればいいのだが、

なかなかチップも貰えない下男や下級の男娼達がほとんどだ。


公娼の厨房で接客のために作られた料理は、

客の食べ残しでも決して食べてはならないと、きつく定められたのは、

飢えた下層の者達の盗み食いを未然に防ぐためだった。

でなければ、厳格な階層ごとの戒律が覆されてしまうだろう。

 

万が一、つまみ食いを見咎められたら競技場へと送られて、

猛獣と戦わされる凄惨な運命が待っている。


それが今夜はアルベルトから全員に総花そうばなというチップが与えられ、

そのうえ調理はしても食べたことは一度もない、

高級な猪肉や魚介類、珍味や菓子が夕食としてふるまわれる。

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