第四話


「レナ、俺だ。入ってもいいか?」

 

ドアをノックすると、すぐに中からレナの朗らかな声が聞こえ、

サリオンはドアを押し開けた。


公娼での最高位にあたる昼三ひるさんの男娼は、

日中の生活空間でもある広い居室と、客を迎える寝所の二部屋を持っている。

どちらの部屋も床は磨き抜かれた総大理石だ。


また、居室の白い漆喰壁に描かれた色彩豊かな神話の女神を、

窓から射し込む西日が眩く照らしている。


胸元や下帯が透けて見える薄絹の貫頭衣かんとういまとったレナは、

待ちかねていたかのようにサリオンの元に駆けつけた。

寝間着や普段着の貫頭衣は膝丈なのだが、

客を迎える際に用いる衣は、細くて白い太腿が剥き出しだ。

襟周りや裾や腰帯には、金や銀糸で豪華な刺繍も施されている。


男の情欲を駆り立てる衣に着替えたレナの大きな目元と、ふっくらとした唇を、

化粧で更に引き立たせ、

首飾りや腕輪や指輪をつけさせ、

客の元に送り出すのも、レナ専属の下男の仕事のうちだった。


「今夜も日没から大引おおびけまで、お前をアルベルトが買い占めた」

「本当に?」

「ああ、今日はダビデ提督も来館して、お前を買いたがって譲らないから、アルベルトと見番けんばんで揉めてヒヤヒヤしたけど。最後はアルベルトが総花そうばなを派手にはずんで、ダビデ提督をねじ伏せた」


アルベルトの武勇伝を報告するサリオンの口調も無意識に弾んでいた。


娼館の表玄関から中庭に面した回廊を少し進んだ右側に、

見番が出入り口に立つ広間がある。

そこには、まだ客の指名がつかない男娼達が控えている。

 

来館者は、まず、その広間の廊下に面して数か所設けられた窓越しに、

控えの間にいる男娼達の品定めをする。


広間のあちこちで思い思いに読書をしたり、カード遊びに興じたり、

談笑している美少年や美青年を眺め回し、

好みの男娼が見つかれば、

出入り口で待機している見番けんばんに指名する。

 

すると、客が付いた男娼は見番に広間から連れ出され、

そのまま館内の指定の部屋へと消えていく。


けれどもレナのように位の高い男娼は、控えの間にいることはない。

自分の居室で指名を待っている。

そして、そんな男娼を目当てにして来た客達は、

表玄関に程近い控えの間のドア口に立つ見番に意を告げる。


そして、見番から下男へと指令が渡り、

レナを筆頭とする昼三の高級男娼の居室に指名が告げられる。


今夜は、ほとんど同時刻にアルベルトとダビデ提督が鉢合わせ、

二人ともレナを指名した為、揉めに揉めた。

しかし揉めたというより、ダビデが一方的にアルベルトに噛みついたと

言った方が近かった。

少なくともサリオンの目には、そう見えた。

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