メイデーン子爵

 翌日の夜、私は再び子爵家の屋敷に向かった。

 すると、今日はきちっとした装束をまとったオリザが待っていた。私を見るとひらひらと手を振ってくれる。


「お、今日も私に会いにきてくれてありがとう~」

「もう突っ込むのも飽きた……」

「つれないなあ。で、用件だけど子爵閣下が話を聞いてみたいとおっしゃっているわ。良かったね」

「ありがとう!」


 この時ばかりは素直にオリザに感謝する。本来護衛という立場で進言する内容でもないのにわざわざ話してくれたのだからありがたい。


「私も一応勇者には思うところがあるしね」


 私はオリザの後に続いて大きな門をくぐる。

 屋敷の中は小綺麗な庭園が広がっており、その中を歩いていく。貴族の屋敷に入るのは初めてだったが、魔術学校のお偉いさんの部屋のようだった。


 「失礼します。ただいま戻りました」とオリザが言って客間に通される。奥には子爵が座っており、私が入ると「座ってくれ」と言われたので向かい合わせに座る。

 子爵は意外にも二十代のまだ若い人物で私が貴族に抱いていた先入観とは違い、さっぱりした好青年であった。ちなみにオリザは子爵の傍らに立って控えている。こうしてみるとすっかり護衛が板についている。


 メイドさんがやってきて、私と子爵に紅茶を出してくれる。そして一礼して去っていった。思いのほか歓待されているようだ。


「初めまして。私は冒険者をやっています錬金術師のエルナと言います」

「わしはボリス・メイデーンだ。オリザから興味深い事件を追っていると聞いてな。話を聞かせてもらおうか」

「はい、実は……」


 私はもう何度目かになる邪悪石の顛末を語った。ついでに昼間に聞き込みした、狂暴な魔物の目撃情報についてもいくつか語る。

 子爵は興味深そうに聞いていたが、やがてううむ、とうなずく。


「そんなことがあったのか。確たることは言えぬが、実はわしに一つ懸念があってな。現在王国では継承権をめぐって対立があるのはご存じだろうか」

「いえ、あまり……」


 幸運なことにこの国は私が生まれてからほぼ平和が維持されてきた。たまに国境沿いに魔物は出るが、それも勇者と冒険者の討伐で間に合っている。

 そのため、私はあまり王国の情勢には関心がなかった。というかほとんどの者がそうだと思う。


「まあそうだろうな、政治は我ら貴族がやるものだから」


 良くも悪くも、この国では割とほとんど全員の者がそういう共通理解を持っている。


「現在王太子とされているアローン殿下だが、実は第二王子のカルロス殿下の方が生まれは一か月ほど早い。何でそうなったのかと言われると、王妃の身分の差だな。それでも今まで大して揉め事は起こっていなかったが最近は国王陛下の病気と、カルロス殿下がアローン殿下よりも有能であるという風潮により静かな火種となっている」


 全然知らなかった。もっとも子爵が言うように、そういう争いが貴族内部の争いとしてしか行われていないのであれば私たちに知る由はないが。


「とにかく、現在国ではそういうことが起こっている。杞憂だといいのだが、この話を聞いたときにこの政争が影響しているのではないかと思ったわけだ」


 確かに、近年大した争いがなかった国で大規模なテロが計画されているとなればそれを疑うのも無理はない。


「そ、それはどちらかの派が相手を追い落とすために邪悪石を研究しているということですか?」

「かもしれぬ。一つ話を聞いて気になったのは、一つ目が魔法都市アドリア、二つ目がここ神殿都市セールーンで見つかったことだ。まだ二つだから確証はないが、どうも重要都市を狙っている気がしてならない」


 そう言われると余計にテロのように思えてくる。


「今日聞いた話にも、交易都市バザール周辺で魔物が出没しているというのがありました」

「そうだ、バザールも本来周囲に魔物が出るような場所ではない。だからわしは心配している」

「なるほど、貴重なご意見ありがとうございます」


 私は頭を下げる。とはいえ王位継承権に絡む争いで、有力都市にテロを行おうとしているのであれば相手は強大であることになる。


「ところで、セールーンとアドリアはどちら側というのはあるんですか?」

「残念ながらそれは明かすことは出来ぬ」


 それ言ったら子爵がどっち派かばれてしまうからか。

 その辺りはかなりデリケートな事情のようだった。


「とはいえ、一つ言えることはもしこの事件が今述べた争いに絡むものであればバザールも狙われている可能性が高いということだ」


 この三都市の領主は同じ側にいるということだろうか。とはいえ、まだ発生した事件は二回。偶然の可能性もある。


「こほん、そうだったな。それで勇者パーティーの件ではあるが、可能な限り協力しよう。わしは奴らには何の感情もないが、この件についての情報は知っておきたいからな」

「ありがとうございます!」


 これでギルド、商人に続いて貴族の協力も得ることが出来る。そろそろ勇者パーティー(二人しかいないらしいけど)はどこに行っても針のむしろになることだろう。是非勇者には一人で魔物退治に励んでもらいたい。


「それに、王位継承権問題がある以上、国も勇者に構っている余裕はないだろうからな。噂を流したぐらいでどうこう言われることはないだろう」

「では是非ともお願いします」


 そう言って私は勇者パーティーの悪行をまとめた資料を差し出す。いちいち口で説明するのも大変なのであらかじめ用意しておいたのだ。

 子爵はそれを苦笑しながら受け取る。

 そして代わりに、黒いハトを取り出す。いきなりなんだと思って見てみると、匂いや動きが感じられないので使い魔だった。子爵家お抱えの魔術師が作ったのだろう。


「これは低級の使い魔だ。事件に進展があれば、こいつの足に手紙をくくりつけて放せばここに届く。仮に進展がなくても一日に一度は報告をしてもらえると助かる。そうすればわしの方からも進展があれば、おぬしらに情報を伝えることが出来るからな」

「分かりました、ありがとうございます」


 確かにこの件がもし政争と絡むのであれば、私たちだけでは調べられないことも掴むことが出来るかもしれない。

 今回子爵に声をかけたのは勇者への報復のためだったけど、まさか任務についての進展もあるとは思わなかった。


 こうして私はハトをもらって退出する。オリザも屋敷から出るまでは見送ってくれるようであった。


「本当にありがとう。復讐も任務も進みそうだし、助かったよ」

「じゃあお礼はキスでいいよ?」

「は?」

「うそうそ。ミアの相手をとったりはしないよ」


 オリザはおかしそうに笑う。本当にそういう本気なのか冗談なのかよくわからない冗談はやめて欲しい。私は慌てて話題をそらす。


「そう言えば、オリザが子爵家に雇われているのも王家が揉めているのと関係あるの?」


 見た感じセールーンは平和そのものである。そんな中、わざわざ最強クラスの剣士を護衛に雇うということは何かあるのではないか、と勘ぐってしまう。


「多分あると言えばある。でもその辺はあまり深入りしない方がいいわ。私も知り合いの口封じなんてしたくないし」

「えぇ……」


 オリザは冗談ぽく言っているが、全然冗談に聞こえない。


「でも、もしこれが本当に王位継承権争いのテロだったら深入りせざるを得ないんだけど」

「その時はその時よ」


 オリザは不穏なことを言った。

 こうしてその日は私は宿に戻るのだった。

 

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