9話 模擬戦 前編
9話 模擬戦 前編
「あ、ロイ君おはよう!」
「おう、おはようターナ。はいこれ」
俺は朝一の授業が始まる前、朝食後の時間にターナから昨日借りた剣を返した。
「ありがと! 手入れとかしてくれたの?」
「いや、そうじゃないぞ。新品だしな。ちょっとその剣に魔力流してみてくれ」
不思議そうな表情を浮かべながらも、ターナは剣を抜き魔力を込めた。
⋯⋯すると、鞘越しにも関わらず剣がオーラを纏ったのが見えた。
「いわゆる魔法剣ってやつだ。魔力を流すだけで勝手に魔法を纏ってくれる優れものだぞ! ミスリル製の剣は魔法と相性が良いからな」
昨日の夜にせっせと付与魔法を施しておいたのだ。
我ながら会心の出来だと自負している。
唯一の心配はレコルさんに『俺の剣に勝手に手を加えやがって』って感じで怒られないかだな。
「今後はそれを使いこなすための練習も訓練に取り入れよう。やることが多いけど、頑張ってくれよ?」
「うん! 本当にありがとう! 大事に使うよ!」
よしよし。
喜んでもらえてなによりだな。
それからターナと分かれ、俺達は各々の授業へと向かった。
***
今日の授業はいきなり武道館――入学試験を受けたところ――で行うらしい。
授業とはいっても、今日までは各クラスごとのレクリエーションみたいな感じらしいけどな。
「諸君。今日は各々の力量を比較し、なすべき課題を再確認するために模擬戦を行う。まずは前衛タイプと後衛タイプで分かれてくれ」
一対一の模擬戦だから、各々の戦闘スタイルは考慮してくれるのか。
「ハインツ教官。どちらのタイプでもいい場合は両方に参加してもいいですか?」
「お前はたしかロイか。良いだろう。他にも同じような者がいれば好きにしていいぞ」
よし、せっかくだから特待クラスの力を見極めさせてもらおうか。
そして、タイプ別に分かれた結果がこうだ。
前衛タイプ
・ロイ
・カヤ(猫人族女子)
・ライラ(白狼族女子)
・キール(辺境伯家子息)
・イゴール(侯爵家子息)
後衛タイプ
・ロイ
・ラフィーナ(エルフ族女子)
・メルケス(スミス商会社長子息)
・アルヴェン(子爵家子息)
・ルナ(公爵家令嬢)
・テミス(王太子家令嬢)
・イゴール(侯爵家子息)
俺とイゴールのみが両方に参加するみたいだ。
「順番は名前順でいいだろう。奇数になったから、最後のロイの相手は私がしよう。ただ、私は前衛タイプだから後衛タイプの相手は模擬戦の経過を見て決めるとする」
ハインツ教官と手合わせすることになるのか。
できればクラスメイトと実際に剣を交えたかったところだが、まだ後衛タイプはチャンスがある。
特に、ルナとテミス辺りの実力が気になるからな。
「一戦目はイゴール対カヤだ。模擬戦の武器は好きなものを選んでいい」
イゴールとカヤの選んだ武器は、それぞれレイピアと、ダガーだった。
両者ともスピード重視の戦闘スタイルなのだろうか。
「では模擬戦を始める。前衛タイプの方も魔法の使用はありだ。それでは、はじめ!」
「いっくよ〜!」
そんな軽い掛け声とは裏腹にカヤの動きはとても鋭い。
瞬く間に間合いを詰め、イゴールの喉元にダガーを突きつけようと迫る。
だが、イゴールもそれを難なく弾き返した。
「おっと。いい攻撃だ。さすがは特待クラスってところかな?」
早くも余裕の表情を浮かべているイゴール。
決めポーズも欠かしていない。
「イゴール君もやるじゃん。さすがは貴族って感じ! でも、まだこっからだよ!」
それから数十秒ほどカヤが動き回り攻撃を仕掛けていたのだが、その悉くを捌き切るイゴール。
現状はおそらくクラスメイトの全員に加え、ハインツ教官までもがイゴールの優勢だと考えているだろう。
そして、俺だけが先ほどから小さな違和感を感じ続けている。
初めて見るはずのカヤの動き方に既視感を覚えているのだ。
⋯⋯そうか。
この身のこなし方は、父さんの友達で暗殺業を生業とするダナードおじさんのそれとそっくりだ。
彼は殺し屋といっても決して悪い人ではなく、人の道から外れた外道のみを殺しの対象にしているような面倒見がよく優しい人だ。
だがなぜだ?
対人戦の稽古をつけてもらったことがある俺だからこそ分かる。
この身のこなしは偶然に身につくような代物ではない。
それに、カヤはこの技術を隠し通そうとしているのが分かる。
実際、俺以外の者の目にはカヤはただの身体能力が高いという点しか映っていないだろう。
要は手を抜いているってことだ。
もしカヤが本気を出していたらイゴールは一瞬で倒されていたんじゃないだろうか。
そうこう考えていると、決着がついた。
イゴールのレイピアがカヤの首元を捉えかかった
ところで、ぴたりと止められたのだ。
「そこまで! 勝者はイゴールだ」
「ちぇ〜! 負けちゃったか〜」
「だが、とてもいい勝負だったよ。またやろう」
口を尖らせるカヤと、謙虚な言葉ながらも自慢げな表情のイゴール。
「では次へと移る。次はキールとライラだ」
キールとライラが模擬戦の準備を終えた頃、戻ってきたカヤが俺のところへやって来た。
「な、なぁもしかしてお前って⋯⋯」
しかし、俺のその先の言葉は遮られた。
「また後でゆっくり話そ?」
唇に指を当て、ニヤリとした含みのある笑顔を見せる猫人族の少女によって⋯⋯。
それからカヤは何事もなかったように離れていってしまった。
「ねぇロイ君。特待クラスってこんな凄い人ばかりなの? ロイ君もこんな感じなの? 僕だけが場違いなの?」
メルケスだ。
なぜか青ざめた顔で俺に縋り付いてきている。
俺は何も悪いことはしてないのに、なぜか怨嗟の念がこめられている気がする。
「落ち着け。お前にはお前の強みがあるはずだ。焦る必要はないと思うぞ」
とかなんとなくそれっぽいアドバイスをしていると、少しずつメルケスの顔に生気が戻ってきた。
「そ、そうかな⋯⋯?」
「よし! 元気が出たならちゃんと模擬戦を見学するぞ? 見て学べることも多いからな」
「わっかりました! 一生ついていきます師匠!」
一々大げさな奴だな⋯⋯。
つい数十秒前とは別人みたいだ。
ていうか、メルケスは商人としての将来性を買われて特待クラスに選ばれたと思うんだが、本当にこんなんで大丈夫なのか?
そんな茶番の裏では、キールとライラによる熱戦が繰り広げられていた。
キールは片手剣に小盾を構えたオーソドックスな騎士スタイルで、ライラは片手剣を両の手に持った双剣スタイルだ。
「中々の身のこなしだな。さすがは白狼族といったところか」
「⋯⋯くそっ! どの口がっ!」
やはり、人族と白狼族との間にできてしまった溝は深そうだ。
ライラの戦闘スタイルは、身体能力の高さを活かして相手を翻弄しようとするものだ。
ターナと似たようなものだな。
これは独力で練習してきたのだろうか?
かなり癖のある動きだ。
ただ、特待クラスというだけあってそのレベルや精度はターナよりもかなり高い。
一方で、キールの方も堅固な守りを崩さずにカウンターを狙うという徹底した攻防を続けている。
さっきのイゴールもそうだったが、やはり貴族の子どもは良い教育を受けてきたのだろう、戦闘の基礎が徹底されている。
「そこまで! 両者引き分けだ」
結果としては引き分けだったが、キールの守りを崩せなかったライラは悔しそうに拳を握り締めている。
さて、次は俺の番だな。
ちゃちゃっと終わらせてしまおうか。
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