106.そう簡単な問題ではないのだ

 口々にお祝いの言葉をもらい、ようやく事情が把握できたのは、夕暮れ近かった空が星で輝く頃だった。泣いて眠り、起きたら婚約していたクナウティアが目を瞬く。


「私、魔王様のお嫁さんになるの?」


 その声は純粋に疑問を浮かべていて、嫌悪感や怒りのような負の感情はなかった。だからこそ逆に申し訳なさが募る。


「……すまぬ。きちんと言い聞かせるゆえ」


 魔王シオンが申し訳なさそうに謝罪する。部下は自分を思ってあれこれ動いてくれるが、今回は予想外だった。


 セージはむっとしているが、ニームは逆に飄々とした顔だ。自分も婚約が整って幸せなこともあり、妹も嫌がっていない。政略というほど殺伐とした環境ではなく、何よりクナウティアが気に入ればいいじゃないか。単純にそんな理由だった。


 想像の魔族と違い、皆気のいい奴ばかりだという現状もある。ここが実家なのも悪くない。ニームがそう話すと、セントーレアは少し考え込んだ。


「そんなに単純じゃないわ。きっと……王様が攻めてくるわよ」


 聖女の地位は特殊だ。唯一神である女神ネメシアが選んだ女性であり、過去の事例だと王妃や王弟妃になっている。魔王の妻になったら、それを理由に戦争を仕掛けられないかしら。


 彼女の懸念に、セージが同意した。


「可能性は高い。何より、ティアの気持ちが最優先だ」


「私ならいいわよ?」


 その一言に、部屋は激震が走った。当事者クナウティア、魔王シオン、兄セージとニーム、親友セントーレア、側近のネリネ……お茶を淹れていた侍女バーベナが驚きすぎてポットを落とす。割れる音に我に返って片付けるバーベナだが、ネリネがあっさり魔法で破片を処分した。


「バーベナ、ケガしてない?」


 その前に爆弾発言の真意を教えろ。鬼の形相に変わりそうな顔を無理やり笑顔に変更した兄セージが、妹の前に立つ。引きつった笑顔で、問い詰めた。


「いま……結婚してもいいと言ったのかい? ティア」


「そうよ。セレアとニーム兄様みたいに好きあってるのとは違うけど、私は魔王様好きだもの。きっと仲良く暮らせるわ」


 ……外見同様、まだ中身も幼かったらしい。魔王シオンは溜め息をついた。妻になる意味を理解していない。妃となれば、跡継ぎを残すために子を成すのが最大の役割だ。もちろん魔王シオンが何度殺されても蘇るため、今のところ跡継ぎは不要だった。それでも民は期待するだろう。


 人間の妻をもてば、人間の国との外交を期待されるだろう。セントランサス国以外にも人間が治める国は複数存在していた。妃の実家となれば、リクニスの民が魔族に合流する。その辺りの調整も頭が痛かった。


「そう簡単な問題ではないのだ」


 言い聞かせる口調で呟いた魔王シオンへ、クナウティアは平然と言い返した。


「簡単だわ。私と魔王様が納得すればいいんだもの」


 くすくす笑うネリネが「陛下の負けです」と宣告する。言い返す言葉がとっさに見つからないシオンは、唇を尖らせてそっぽを向いた。

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