76.男同士の友情ならぬ同情
魔王城は勇者の襲撃に慣れている。それは今さら言うまでもない事実だった。勇者は異世界から召喚された特殊能力の持ち主が多く、魔王城に着く頃には強くなっているのが通例だ。
そのため被害を出さないよう、魔王シオンの玉座がある謁見の間まで通過させるのが、魔族の慣習になりつつあった。しかし今回は勇者はいない。門番の鱗人に「妻をどうした!?」と食ってかかる人間がいれば、排除するのが彼らの仕事だった。
殺さない程度に突き飛ばせば、飛ばされた先の幹を蹴飛ばし加速して帰ってきた。咄嗟に槍を使って男を弾こうとする。
赤毛が霞んで見える速さで、男は下に沈んだ。見失いかけたが、魔族の動体視力は人間より優れている。追いかけて下を見た鱗人は、地面を蹴った男のパンチを喰らってよろめく。
「くそっ、人間のくせに」
「だったらどうした! 俺の妻はどこだ!」
「知るかっ!」
叫び返した鱗人とルドベキアの戦いは激しさを増す。繰り出した拳を槍の石突きで防がれ、逆にダメージを負ったルドベキアがにやりと笑う。思ったよりやるじゃねえか。戦闘狂のような表情で、口の端に滲んだ血をぺろりと舐めた。
素手で立ち向かうルドベキアに共感したのか、魔族としてのプライドなのか。鱗人は槍を門に立てかけた。
「……人間にしておくには惜しい」
「そうかい? たぶん褒め言葉なんだろうな」
にやりと笑い合った2人が再び殴り合おうとした瞬間、魔王城内から大きな声が掛かった。
「あ、お父様! 呼ぼうと思ってたのよ!」
「え? クナウティア、なのか?」
娘の声に反応した父に、鱗人の拳がクリーンヒットした。すでに地を蹴っていたため、途中で止まれなかったのだ。もんどり打って転がりダウンしたルドベキアに、聖女が悲鳴を上げる。だがそれは鱗人の想像とは違った。
「きゃああああ! お父様ったら、またケンカして……お母様に言いつけるわよ」
「は? なに、言いつけ……え?」
鱗人がどもる間に駆け寄ったクナウティアは、平然と門の隙間から外へ出た。魔王の結界を平然と通り抜け、気づきもしない。女神ネメシアの過大なる加護はちゃんと機能していた。
「お前、外に出るな!」
「ではお願いを聞いて? だらしない父を部屋に運んでください」
妻を返せと魔王城にケンカを売ったルドベキアの武勇談は、途中で変更された。おいたをして叱られるダメ父の物語である。哀れに思いながらも、無抵抗になったところを殴り倒した負い目も手伝い、鱗人はルドベキアを持ち上げた。
「結構重いな」
「筋肉は重いらしいです」
父親に向けるとは思えない言葉だが、クナウティアは愛する父を精一杯褒めていた。重くなるほど筋肉をつけて鍛えた父が誇らしい。父は家族を守るために強くなったのだ――もしそう伝えていたら、ルドベキアは同情の眼差しを向けられることもなかっただろう。
気絶したルドベキアは、魔王城の門番の同情を誘いながら、聖女の部屋に運び込まれた。
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