9.乗り損ねた聖女と、間に合った王太子

 数十台の荷馬車は、城塞都市リキマシアへ貿易品を回収しに向かうのだろう。止めてしまえば、王都の流通が止まる。しかし聖女の発見は一刻を争う事案だった。迷った王太子は、横を走り抜ける荷馬車の1台に飛び乗る。


「何を……あんた、お貴族様かい」


 御者の怪訝そうな顔に頷く。一般の国民が王太子の顔を間近で見ることはなく、衣服や装備の豪華さから貴族だと判断した。御者台の隣に座ったところで、騎士ガウナが駆け付ける。街中をぐるぐる走らされたリアトリスを追いかけたのだろう。


「ガウナ! 馬を連れて追いかけろ。リキマシアだ」


 行き先を告げた王太子に頷き、ガウナは馬を取りに街へ引き返す。王太子らしからぬ行動力で、リアトリスは御者に協力を求めた。


「ピンクの髪の少女を見なかったか? この馬車のどれかに乗っていると思うが」


「はあ、おら知らねえなぁ」


 女神の色をもつ少女が駆け込んでくれば、気付くだろう。ならば彼女はどこへ行ったのか。眉を寄せて考えこむ王太子を乗せた荷馬車は、街道の石畳をがたごと揺られていった。


「……間に合わなかった」


 その荷馬車を恨めしそうに目で追う少女は、がくりと膝をついた。転がり出た馬車から走ったものの、足が痛くて途中で動けなくなる。ペチコートの裾についたフリルを引き裂いて、足首を縛り上げた。これで固定されて歩きやすくなるはず。


 畑仕事で足を挫いた時に兄に教わった方法だ。きつめに縛り上げて、ついでに腰に巻いていたスカーフで髪を覆った。


 帽子がないので首筋や顔が日に焼けてしまう。これから荷馬車で揺られる予定だったこともあり、しっかりと髪を包んだ。気合を入れて立ち上がった彼女の横を、王太子リアトリスが走り抜けた。


「あれ?」


 きょとんとしている間に、彼は荷馬車に飛び乗って何か叫んでいる。追いかけてきた騎士ガウナが引き返していった。


 彼は自前の綺麗な馬車があるのに、どうして荷馬車に乗ったのか。首をかしげるクナウティアの前で、荷馬車の一団は離れていった。


 間に合わなかったと呟いて溜め息をついた。そんな彼女の姿に、近くのお姉さんが声をかける。


「どうしたの、乗り遅れたのかしら?」


「あ、はい。今日の荷馬車は終わりですか」


「うん。明日の朝が一番早いわ。どうしたの、足を怪我してるんじゃない? こっちいらっしゃい」


 親切にも家の中に招いてくれた。足が痛いし、歩いて帰るのは無理だろう。明日になれば、親友で裏切り者のセントーレアから話を聞いた父が迎えに来てくれる。そう信じて、今夜はどこかに泊まろうと決めた。


「あの、泊まれる部屋ありますか?」


「部屋はあるけど……、あんたは貴族の子だろう? 困ったわね」


「あの、貴族って言っても小さい男爵家なので」


 貴族相手だと関わることを嫌がる農民も多い。無礼を働くと酷い仕打ちをする貴族がいるためだ。男爵家で家庭菜園程度の小さな領地しかないクナウティアの家は、無礼も何も平民と変わらない生活をしていた。そのため多少のことは気にしない。


 ここを追い出されたら、野宿になってしまうなんとか泊めてもらえるよう必死でお願いすると、お姉さんは渋々口を開いた。


「あのね、あたしらは夜の商売をしてるんだよ」


 だから客が来る夜は泊められない。意地悪をしているわけじゃないんだよ。そう説明されるが、クナウティアは一応貴族令嬢の端くれだ。夜の商売の意味がわからなかった。

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