魔法使いの弟子

第14話

「さぁ、今回も始まりました!放送部の『ここがスゴいよ!穀山中』のコーナー。

本日紹介しますのは先日秋の新人戦で見事上位入賞を果たした卓球部のメンバーでーす」

「はーい!マネージャー、2年の小松里奈でーす!」

「それでは里奈ちゃん、卓球部のみんなを紹介してくれるかなー」

「はい、それじゃぁ体育館のドア、オープン!がらがらがら~……って居ねぇし!ちょっと探してきますねーおほほほ」

「あっ、里奈ちゃんちょっと!えー、今回は予定を変更して『活動方針が謎!ワンダーフォーゲル化石発掘部の闇に迫る』のコーナーを放送します」


...


「ちょっと!モリア!あんた部活もしないで何遊んでんのよっ!」


音楽室の一角、吹奏楽部の友人たちとジャムセッションしていたぼくの姿を見つけて里奈が金切り声をあげた。ぼくは借りているエレキベースの指置きに親指を載せてストラップのずれを直しながらベースを抱えて向き直る。


「目標としてた大きな大会が終わったんだ。しばらく卓球部は休業」

「休業ってあんた…!せっかくライバル校の双峰中が活動停止で差を詰めるチャンスなのになんでこんなところで油売ってんの!おかげで全校放送で恥かいちゃったじゃない!ほらさっさと体育館に戻る!」


促されてぼくは名残惜しくベースの弦に指を落とす。ビートルズの『カム・トゥギャザー』のフレーズを爪弾くと友人である二川亮ふたがわりょうくんが目をつぶってうんうんうなづいた。


「最近弾けるようになってさ。楽しくなってきたところなんだ。卓球と音楽の二刀流でもいいんじゃないかって思って…」

「あんたそれ、まじで言ってんの?」


里奈の圧に押されてぼくは肩からベースをスタンドに下ろす。


「そういえば今日だったわね。授業がBダイヤでよかったわ。全校放送なんて茶番、ハッキリ言っちゃえばどうでもいいし。予定変更よ。さぁ、急げばまだ間に合う」

「おい、どこに行くつもりだ」


音楽室から出た里奈を追ってぼくは廊下に飛び出した。


「決まってるでしょ。天ヶ崎中体育館。別ブロックの地方大会新人戦」


大通りに停めたタクシーに乗ってぼくはその大会に出場しているであろうひとりの卓球プレーヤーを思い浮かべる。港内中、山破ショージ。春に練習試合でぼくがスコンクで敗戦を喫した世代別ナンバーワンとの呼び声もある隣県の名選手でぼくのライバルのひとりだ。彼らも今日、ぼくらと別の地区での優勝を争い秋の新人戦を競うのである。


「あっ!モリアさんと小松ちゃん!わざわざ他県の新人戦まで観にきたんですか?研究熱心ですね!」


入り口に止めてもらったタクシーから降りると田中がぼく達をみつけてぶんぶん手を振って近づいてきた。「あんたの方こそ、熱心じゃない。言えば一緒に来たのに」里奈が言うと田中はバツが悪そうに視線を落とした。


「あ、いやはや。わたしはちょっと皆さんとは別の楽しみを試合に見出してしまったもので。それより決勝が始まりますよ。早く会場に急ぎましょう!」


田中に先導されて体育館の入り口で靴を履き替える。「決勝戦のカードは?」「決まってるじゃないですか。モリアさんのにっくきライバル山破ショージとそいつを夏の団体戦一回戦で屠った右曲中うまがりちゅうの藤原くんですよ!」


ぼくらは速足で空いている廊下を歩きながら口々に話を続ける。


「なるほど、前回のリターンマッチってわけね」

「右曲がりの藤原っていったら全国大会にも出場した実力者じゃないか。さすがのアイツも苦戦はまぬがれ、ふぐっ!」


ふいに目の前の非常階段の扉が開き、それが顔に激突したのか、視界が上下にゆがむ。「なにすんだ!」ずれた眼鏡をかけなおして相手に憤るとそこには見覚えのある褐色の肌が光って見えた。


「なんだ。穀山中のオマエか。新人戦も早々に負けて女囲って呑気に観戦か?そんなんじゃいつまで経ってもオレの領域まで辿り着けねぇな」

「んなっ!?」

「囲いですって!?私たちはあんたの偵察に来たのよ!失礼しちゃうわね!」


開口一番、憎まれ口をぼく達に放った今大会優勝候補、山破ショージ。彼はこれから戦う決勝戦に向けて自信たっぷりという佇まいで片手にはラケットではなくてなぜかB5サイズのメモ帳が握られていた。ピンポンパンポン。頭の上で試合開始5分前を知らせる校内放送が響く。


「ま、せっかくわざわざここまで来たんだ。試合観てけや。オレとの実力差に失望して卓球辞めたくならねぇようにせいぜい両脇の女どもに慰めてもらうんだな」


憎たらしい笑みを浮かべて体育館の入り口をくぐっていくショージを見届けるとキーっと漫画みたいに田中がポケットからハンカチを出してそれを噛みながら悔しがった。


「嫌なやつ、嫌な奴!あんなヤツ、夏の大会の時みたいにサーブミスで自滅して観衆の前でまた泣き顔晒したらいいんですよ!決めた、わたし右曲中サイドで観戦します!アイツがミスする度にヤジ飛ばしてやる!」

「あ、おい!ちょっと!」


呼び止めようとするが田中は反対側の観客席がある方の廊下に走り去っていった。


「まー、将来有望の山破ショージだったら日本代表として世界を相手に戦う前に今のうちからブーイングに慣れておいたほうがいいのかも知れないけどね」

「それ本気で言ってるのか?」


ぼくが里奈を咎めると真剣な眼差しが返ってきた。


「モリアの試合でアイツが悪口を言うのを聞いていた。その度に私たちが、穀山中卓球部が悪く言われてるような気がしてたまらなかった」


里奈の言葉を聞いてぼくは何も言えなくなってしまう。たしかにショージは試合中もこっちに都合の悪い事を言って試合をかき回そうとするトラッシュトーカーだ。でもそれは試合に勝つ確率を1%でも上げるための技術である事を卓を挟んで競い合ったぼくらなら知っている。でもその『男の世界』を彼女らに理解してもらうにはここでは時間が無さ過ぎた。選手同士のラリー連が終わり、観客席に座ると審判のコールが響く。天ヶ崎ブロックの決勝戦が始まった。


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