第13話
「準決勝でああいった形で優勝候補である双峰中の川崎ヨシムネ選手に勝てたのは初戦で彼と対戦したモリア先輩の力が大きかったと思います。先輩との試合を観てから頭の中で逆算して『打倒、川崎』の青写真が描けたというか。自分の持てる技術の中で工夫したり、試合展開的にラッキーな場面もありましたが、やはりモリア先輩の協力なしでは準優勝する事は出来ませんでした」
母校の視聴覚室の一角。取材に来た地方新聞社の記者に対して後輩のすばるがつらつらとさきの新人戦準決勝での快挙を口に出して語っている。ぼくはすばるの口から自分の名前が出てくる度に、『うれしいんだけど、何か言葉に言い表せないむずがゆさ』がこみ上げてきて、腰や首のあたりに手を置いていた。手元のメモを取り終えると中年のベレー帽を被った新顔の記者はすばるに次の質問をするべくメモのページを捲った。
「なるほど、『双峰中最強の守備職人に勝てたのは先輩のお陰』と。すばる君にいち選手として質問したいんだけど、今回の大会におけるトレンドは試合中に戦型を変える『可変式』。この戦術を採用する選手が多かった点だと私は思っている。代表的なところだと準々決勝でのリ・コフィン君、準決でキミと対戦した川崎君。彼らは試合の流れによってゲームスタート時とは違う戦型を取って状況に
「可変型、か」
聞きなれない造語のようなトレンドに少し考え込んだ様子を見せた後、すばるは正面を見据えて答えた。
「卓球というスポーツにもそういった変化の波、例えばファンを飽きさせない工夫であったり、相手の隙を生み出すためにこれまでとは違ったプレイングを選択する風潮があるのは肌で感じています。でもやっぱり最後に信じられるのは自分のプレー。この芯を貫いた事がこの準優勝に繋がったんだと思います」
「そう、それ!」
記者が眼鏡の奥の目を見開いてペンですばるを指し示した。
「優勝した白雪中の日向君、彼も初戦から勢いのあるライジングを武器に前陣速攻の戦型を崩さずに最後まで駆け上がった。一点特化型の潔さを感じるよね。勢いオンリーの一発屋かと思われたけど『可変型』が
記者の口から『可変型』という言葉が出る度にすばるは横目でぼくに視線を寄越した。何を隠そう、このぼくも川崎ヨシムネとの一戦の前にラケットをシェーク裏裏にして挑んだ『可変型』プレーヤーのひとりだ。まぁ、ぼくの場合はその甲斐むなしく初戦敗退という憂き目を見てしまったけど。ぼくの気落ちに気づかず記者は続ける。
「大体、秋の新人戦なんてのは、夏の大会を戦い抜いた2年生が中心になることがほとんどなんだ。過去の大会を紐解いても入賞者はほとんど2年生。でもキミと白雪中の日向君はこの流れに大きな風穴を開けてくれた。絶対的優勝候補である双峰中の2年生を撃破して決勝戦でワンツーフィニッシュだ。双峰中の牙城を崩したことでキミの評価も上がっているしぼくら卓球ファンの記者の間じゃ、キミ達は新時代の
「バンディエラ…それは美しい響き…!」
「ほかには『調子こき世代』、『出せるんなら最初からそれやっとけ世代』なんてよばれている」
「…それは知りたくありませんでした」
がくっとすばるが肩を落とすのをみると記者は笑みを浮かべながら話を締めくくった。
「今日はこちら側による急な申し出で放課後にインタビューをさせていただいてどうもありがとう。これからのすばる君の活躍、もとい穀山中卓球部の躍進に期待しているよ」
「本日はどうも。ありがとうございます」
すばるとの握手の後、記者から出された手を握る。ぼくらは玄関先まで記者を見送るとその足で体育館に繋がる廊下を歩いた。
「それにしても…春先に卓球を始めたお前がまさか半年で地区大会で入賞しちゃうだなんてなぁ」
先輩のメンツが潰されたぼくが冗談交じりでつぶやくが、すばるは真剣な目をして感謝の言葉を浮かべた。
「本当にモリア先輩のおかげですよ。みんなが『打倒、川崎。打倒、双峰』を目標にしていたから試合の度に川崎さんがパワーダウンしていくのがわかりました」
「そんなソシャゲのレイドバトルみたいな」
ぼくが例え話を出すとすばるはその意味に気づいてクスリと笑って話を続けた。
「それに組み合わせの妙もありました。優勝候補同士で潰しあいをしてくれたからボクの足元に王冠が転がりこんできた。まァ、できれば金色のがよかったんですけどね」
大会中は緊張していたのか、口数が少なかったが、準優勝という結果もついてすばるはいつもの調子に戻ったようだ。体育館の扉を開けると同じ部の一年生、豊田ケンジが短パン姿でぼく達を出迎えた。
「おー!奇跡の決勝進出を成し遂げたニセモノの勇者の帰還じゃねーか!」
マンに一度のビッグチャンス、モノにしやがってこのやろー!」
すばるに抱きついてヘッドロックを仕掛けてこようとして交わされたケンジを見てぼくは言葉をぶつける。
「おい、冗談にしてはキツいんじゃないか。自分が大会に出なかったからって嫉妬してんのか。あぁん?」
「あっ、モリア先輩、違うんすよ。これには理由があって」
背の高いケンジが腰を折るようにしてぼくに謝ってきた。「さっきバレー部の人たちが噂してたんすけどね」尻ポケットからスマホを出してその画面をぼくたちに見せつけてくる。「どうやら本当の話らしいっす」
ぼくとすばるは画面の文字に目を落として愕然とする。スマホにはニュース記事が映っていてその見出しに『卓球強豪校エース、オーバートレーニング症候群発症。校内関係者、対応に追われる』とはっきりと信用のできるソースとして地元のテレビ局記者の名前が掲載されている。ぼくはケンジからスマホを奪い取ってスクロールして記事を読み込む。
――本日、双峰中は川崎吉宗(2年)がオーバートレーニング症候群を発症したまま秋の地方新人戦に出場させたと発表。全治は未定。この責任を取って校は顧問の貝谷ハツエに対し半年間の活動停止を言い渡した。後任は後日発表される。
「ま、まさかこんなことが」
「たしかに試合中、明らかにミスが多かったけど病気だったなんて」
揺れる頭でぼくは大会での川崎ヨシムネとの試合を振り返ってみる。リードしていた第4ゲーム、彼は序盤に明らかな異変によるミスが続き、それを周りに悟られないようにそのゲームを捨てたような態度をとった。勝ち上がる度にそのミスは増えていき、その姿は傍から見ても体が自分のイメージに付いて行っていない印象があった。その川崎がこんな大病を抱えて台に向かっていただなんて。ぼくは次第に怒りが込みあげてきた。
なぜ故障を抱えたままの選手を日に六試合の個人戦に出したのか。そしてなぜ負けてからこんな記事を出す?
『ぬか喜びだな。お前たちが勝ったのは相手が壊れていたからだ』あの女監督がほくそ笑む姿が透けてみえた。「でも。双峰も大変なことになりそうっすね。監督が活動停止ですし」スマホを取り返してケンジが頬をかく。「ああ、今の双峰中はあの監督が造りあげたチームだ。悔しいがここまで結果を残し続けてきた手法は認めざるを得ない」
「だからこその新時代の台頭か」
さっきの記者の言葉を思い出してすばるが顎に手を置いた。もしかしたらあの記者はこの件について知っていたのかもしれない。体育館の練習時間が迫っている。パンと手を叩いて気持ちを切り替えて制服からウェアに着替えてぼくたち3人は軽い練習を1時間ほどこなした。
「なんだ、こんなところに呼び出したりなんてして」
真っ暗に日が落ちた校舎裏、ぼくは自分を呼び出したタクに向き合っていた。タクは深く考えこんでいたがぼくの顔をみつめると思い切ったように言葉を吐きだした。
「ウチの親、別れるって」
衝撃の発言に何も言えずに固まってしまう。タクも次の言葉を探せずに無言の時間が続く。ぼくの父さんと母さんも別れて生活しているから知っている。親の離婚は子にとって地獄だ。タクは震えながら後ろを振り返って言葉を吐きだしたのはしばらく経ったあとだった。
「これから引っ越しとか手続きとかいろいろあってさ…しばらく卓球部には合流できないとおもう」
「そうか。話してくれてありがとうタク」
歩き出した彼の手を握ろうとして手を指し伸ばす。でもその手は思いもよらない言葉によって払いのけられてしまった。
「そういうの、もう無理だわ」
今のタクの感情を無視して身勝手に彼の体温を求めたことを後悔する。鳴き声を堪えた呻きを残してタクは角を曲がってみえなくなってしまった。
大会入賞に水を差す相手校の不祥事に身内の不幸。卓球を通して深まったぼくとタクの間にそっと秋風が吹き始めていた。
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