第10話
10
「カラス…」
意外な言葉に田中巡査は思わず口が開いた。
「ええ、カラスです」
ロダンが断定的に言う。
「どういうこと?」
素直にアフロヘアの若者に聞いた。今までの謎に悩んでいた自分の頬桁を張り倒されて感じだった。
「あのカラスですがね。彼等の習性として貯食性や何か光ものとかを持ち帰り巣に運んだり…もうそれは人間の塵というものをなんでもさらっていく習性があります。それで、あの楠の上はカラスの巣になっているんですよ。だからカラスが何かを運んだりすると偶に階段とかに色んなものが落ちたりするんです。僕も何やら落ちてるのを見たことがありますからね」
そういえば…、
巡査も心の内に思い当たる。
あの付近に偶に腕時計やらスマホやら何やら色んなものが落ちているのだ…
それを自分は偶に落とし物として処理している。
「それで僕はここで仮説を立てて、もしかしてカラスがこいつを運んできたのじゃないか?それもカラスは恐らくある特定の所に必ず行くんだ。そしてそこで何かを偶にカラスは持ち去る。そのこともこの持ち主たちは知っているのではないかと?」
言ってからロダンはアプリを開いて見せた。それは成程道伝いではない。住居を横切る様に太い線が引かれている。
「それで僕はカラスたちにこの追跡用GPSを何とか餌だと思わせて苦労させて嘴に摘まませれば…このふたつを運んできた場所に行くだろうと。だから、よし!!空を飛んでもらってと言う訳です。それで、その結果が見事このアプリなんです」
田中巡査はビールを一口飲んだ。まるでこのロダンが話すことは自分が昔読んだ推理小説のような話だ。現実にはない、推理という仮説を立て実証していく、それが今目の前で実証されている。
疑いはまたそれが最新の科学技術GPSによって正確に裏付けされている。犯人捜査の為の遺伝子確認のような高度な事をしているわけでもない。
ごく日常にある認知症追跡システムを単に使っているだけだ。誰でもそんなことは考えれば工夫立てられることなのだ。
「結果はですがね…、どうもこのカラス達、縄張りが広いのか…東大阪迄飛んでいるのですよ」
「東大阪?」
「ええ、小坂ってところがあるんですがね。その先にかの有名な司馬遼太郎先生の記念館があるんですが、このカラス共その先の付近のNというところまで行っているのが分かりました。あのあたりは意外と神社は藪や竹林も多く、カラスにとっては日中過ごすにはいい所なのかもしれません」
巡査は地図を頭に思い描いた。それはあの石階段を起点に南東に向かって線が引かれてゆく。中々の距離であることは分かった。
「それは…距離があるな」
巡査が唾を飲みこむ。
「それでそこにあの二つと結びつく何か関連するものがあったのかい?」
ロダンは軽く頷く。
「あった?本当かい?」
巡査が目を見開く。
「ええ、その場所付近で検索エンジンでね、ワードを探ってみたんですよ、…『九谷焼』『彫刻』『美術』とか、そしたら出て来たんです。その付近に住む芸術家が…」
「芸術家??」
「二科展などにも出展している年老いた彫刻家が居たんです」
「それは誰??」
その問いかけにロダンは首を振った。
「今は言えません。だって僕はカラスに持たせた手紙に『あなたの名前を伏せておきます』と書いておいたんです」
田中巡査は思い出した。このロダンがカラスに手紙を追跡GPSと共につけていたのを。
「そういえば、君は手紙を書いてカラスに運ばせるようにしたんだよね」
「はい、相手が読むことを期待して」
「それは、どういった内容だったんだい?」
一瞬、ロダンは返事を言い淀んだがじっと田中巡査を見ると、頷いて言った。
「確かこれは警察捜査じゃない、悪戯解明でしたもんね」
それからビールを飲む。空いたグラスをテーブルに置いた。
「僕はこう書いたんです。『例のものは僕が所持しています。もし返してほしければいつでも例の場所に来てください。あなた方の棲み処は既に僕とカラスが承知です。名前は伏せておきますよ。それが互いにこれからの取引の信用上、大事でしょうから。ではまた』…シンプルです。場所は特定しませんでした。そう今は相手はX氏としておきましょう」
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