平川静香 file04
――お前は誰だ。
――お前の存在を証明するものは何だ。
私は、平川静香。
私は、ヒラカワシズカという名の記号。
私は、記憶の塊。
――お前は、何故此処にいる?
――お前は、何が目的だ?
私を作ったのは、平川静香自身だ。彼女が私をこのネット空間に生み出してくれた。
・・・・・・私は、何故ここにいる?
まるでまどろみの渦の中に吸い込まれれて行くような感覚。自分の存在が分かれ、ちぎれて、それが混ざりあうような感覚。
何十人もの自分の分身が、自分という存在を肯定するように。
何十人もの何者かが、己を否定するように。
とても、とても奇妙な空間の中で、先の見えない自問自答を繰り返す。
・・・・・・私は、誰だ?
『インストール完了』
大型カーゴヘリに格納された、「グラスホッパー」のCPUユニットに自身の意識を定着させることに成功。
自分の意識がふわふわとした不安定な空間から、鋼鉄の身体を通じて現実世界に転移したような錯覚を覚える。
私達のようなジェミニシステムを利用したAIは、普段は所有者のウェアラブルデバイスを介し、大型ネットワークサーバー上に常駐している。
つまりは虚無、虚構の世界の住人というわけだ。
『電位流体、充填率85%』
『赤外線、X線、サーモグラフィ、パッシブレーダ、すべて問題なし』
セルフチェックシステムで各機能が正常に動作しているか確認する。
全身の形状記憶合金が弛緩と硬直を繰り返し、間接のアクチュエータが甲高い音を立てながらテスト駆動する。
『アルファ小隊各機、戦闘モードで起動しました』
複数の情報を元にした3Dデータの視界によって、カーゴヘリには私を含めた3体の戦闘ドローンが搭載されていることが分かる。
カーゴハッチの近くに陣取るのは、シャーティが乗り移った機体だ。とても人間が担げるサイズではないガトリングガンを、先ほどから整備している。
彼は私と違い、所有者自身もM.E.Dの戦闘員という境遇だ。ジェミニAIを定着させた戦闘ドローンに火力支援を任せ、本人は斥候や前衛を行う戦術で、数々の戦場を渡り歩いてきた。今回の作戦では本人は別の戦場に出向いているらしい。
もう一人の隊員、メイア・ウィルレインは背中の短距離ジェットパックに化学燃料を補給している。
シャーティとは違い、彼女の所有者は日本人の夫を持つ主婦らしい。以前、二人で写っている写真を見せてもらったことがある。家事の行う裏で傭兵稼業をしている身の上には、どこか親近感を覚える。
『まもなく、目標地点上空へと到着します』
カーゴヘリのパイロットの声が頭に響く。
おのおの装備を構え、ハッチの近くへ向かう。私もアサルトライフルを二丁構えて、ハッチへ足を運ぶ。
今回の作戦は前回強襲したDDFの残党軍が潜伏しているとされるキャンプを、ヘリからの降下で急襲し殲滅するというもの。
この作戦が成功すれば、DDFに再起不能の打撃を与えることが出来るというのが、M.E.D作戦部の見解らしい。
ガコンッ、と重々しい音をたて、カーゴハッチがゆっくりと開く。巨大な鯨の口を思わせるハッチから私たちは外に顔を出す。
『目標地点に到達、降下開始!』
ヘリパイロットの合図に従い、三人が空中へと躍り出る。
三つの巨大な砲弾の如く、暗い夜の闇を私達は切り裂いていく。
自由落下で一直線。目標のキャンプがあるとされる村落へと向かう。
雲の中を抜けると、ぽつぽつと光る明かりが見えてきた。小さかった光は急速に大きくなっていく。
勢いそのまま、三人の兵士、もとい3つの鋼鉄の砲弾が着弾。メイアと私は道路に土煙を上げて着地。シャーティは目の前の建物に突っ込んでいた。
「アルファ各機、着陸完了。これよりテロリストの捜索に・・・・・・」
これから敵の存在を捜索しようとしていた矢先、異変に気付いた。
シャーティが持つガトリングガンのけたたましい銃声。それに合わせて女性の悲鳴が響く。
――おかしい。
シャーティが落下したのはどう見ても普通の民家だし、着地から発砲までが早すぎる。
銃声と悲鳴を聞きつけ、そこら中の民家から人影が出てくる。
アサルトライフルを突きつけ警戒するが、どこもかしこも出てきた人影は、まるで武装しているようには見えなかった。
――民兵ですらない。ただの村人じゃない。
この何処かにテロリストがいるような雰囲気は、とてもじゃないが感じなかった。
建物を出て私達を見るなり、彼らは血の気を引きながら逃げていく。
それを追いかけるように建物から出てきたのは、シャーティだった。
まさか、と思う間もなく、シャーティは村人達に向かって大量の銃弾を浴びせかけた。
『シャーティ!?』
メイアが無線上で驚愕の声を上げる。
私は咄嗟にシャーティの機体に組み付く。
「何やってるの! 彼らはテロリストなんかじゃ・・・・・・」
必死に止めようとするが、彼は腕に仕込んだチェーンソーで容赦もなく私の腕を切断した。
「なっ・・・・・・」
そのまま私を吹き飛ばすと、シャーティはゆっくりと住民たちを追いかける。
『ここはテロリストを匿っている村落だ。つまり、彼らはテロリストの関係者ということになる。作戦目標はテロリストの排除、つまりはその関係者も排除する必要がある』
淡々と語りながら、シャーティは再び銃撃を続ける。
女性も、老人も、子供も。
彼の凶弾に次々と倒れていく。
「本部! 本部、応答してください! シャーティ・メズノフが民間人に無差別に発砲、私にも攻撃を加えました! 即座に停止信号を!」
すぐさま無線で作戦指令本部に連絡、シャーティの機体へ停止信号を送るよう打診する。
『こちら本部。シャーティ・メズノフの行動に違反行為は確認できない。君への攻撃もモニタリングできていない。腕の破損はメンテナンス不足として管理部に報告しておく』
「何ですって・・・・・・?」
本部からの回答は私の理解を超えていた。
非情すぎる本部の回答。シャーティの異常すぎる行動。
そこから導かれる答えは、一つ。
――つまり、本部は最初から、この村の住民を虐殺することを目的としていた?
おそらくは、見せしめ。
DDFの構成員の大半が現地の人間であるため、これほど効果的な見せしめはないだろう。
あまりに外道過ぎるこの状況に、存在しない内臓の内容物が逆流しそうになる錯覚を覚える。
『メイア、シズカ。君達も作戦遂行に尽力したまえ』
作戦指令本部から、非情な指示が下る。
無線越しからメイアの狼狽するような声が聞こえる。彼女も今回の作戦の本当の目的は知らされていなかったようだ。
私は無傷の左腕に持ったアサルトライフルを、無抵抗な住民に向ける。
ぶれるはずのない銃口が、自分の心を表すように揺れる。
――こうするしかない。
――稼がなきゃいけない。
――あの保育園は潰させない。
感情の濁流の中で救いを求めるように、私はトリガーを引く指に力を入れた。
――こうするしか、ない。
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