第3話 勇者VS少年

ㅤ晴れた日に、折れ曲がった傘を右手に、おにぎりの入った手提げ袋を左手に帰り道を歩く。


ㅤ大きなスクランブル交差点の前で立ち止まり、見上げた大型の街頭ビジョンに、昨日の映像が映る。


『勇者よ、旅に出ろ。"Real Playing Game!"スタートだ』


ㅤやっぱりあれは夢じゃないのか。それとも今も夢の中なのか。繰り返される映像。切り替わる信号。大勢の人がいるのに、やけに気にして立ち尽くしているのは自分くらいか。


ㅤぼくはどこか、都合のいい妄想をしている節がある。あきひめちゃんがさらわれたお姫様で、ぼくが助け出す勇者。でも現実は、ろくに声もかけられない、勇気のないぼくが、ただ横目で彼女を見ているだけなのに。


ㅤ"そんなことないぜ!"


ㅤそんな声がどこかから聞こえてくる気がしないでもないけど、確かに。何かのドッキリでなければ、あきひめちゃんが囚われているのは現実。そしたら、ぼくが勇者であろうとなかろうと、助けに行けばいい。でもどこに。マザーコンピュータ(通称・マザコン)がある場所なんてトップシークレット。ぼくなんかが入れるようなところには普通ないだろう。


ㅤなんて考えている間に、また信号が赤になりそうだ。まぁ、お腹は空いているけど、今日は特に急ぎの用事はない。無理して信号も渡らず、ゆっくり帰ろう。って、あきひめちゃんがどうなっているかわからないのに、こんな感じでいいんだろうか。


ㅤ信号が赤になる。トラックがぼくの少し前を通り過ぎようとする。そして青に変わるのを待つぼくの右横を、少年が元気よく駆けて行こうとする。え?


ㅤ"危ねぇ!"


ㅤ助ける

ㅤ見送る

→傘を出す


ㅤとっさに出した折れ曲がった傘が、少年のお腹の辺りに引っかかり、ブレーキをかけることができた。トラックは何事もなく目の前を通り過ぎて行った。


ㅤ何も言わない

→少年に声をかける


「おい、何やってんの。危ねぇだろ」

「……」

ㅤ少年は何も答えず、ただ前を見つめている。

「信号もわかんないのか」

「わかるよ」

ㅤ少しふてくされた様子で、頬をふくらませる少年。


「じゃあ、何しようとしたんだ」

「うち、お金ないんだ」

「オレだってそんなないけど」

「お兄ちゃんしかいなくて」

「お兄ちゃんもいないけど」

「お兄ちゃん、大変なんだ。マザコンが乗っ取られてお金なくなって」

「は?ㅤそんな影響も出てるのか」

「お兄ちゃん、バカだからさ。おれのために無茶すると思って。だから」


ㅤ中二のオレが余裕で見下ろせる小さなガキが、背中を丸めて余計小さくなって何か呟いている。


「バカはお前だよ。そんなお兄ちゃんの無茶を無駄にすんな」


ㅤこれも何かの運命か。たまたま街で、こんな少年に出会うとは。マザコンが乗っ取られた影響で行動が変わって、車道に飛び込もうとした少年をオレは止めた。とっさによく止められたもんだ。これでオレも、ますます勇者感に磨きがかかった。


ㅤ前から言っているが、オレが勇者だ!ㅤ魔王を倒し、異変が出ているマザコンを直し、愛生姫ちゃんを救出する。それにしても腹が減った。


「少年。信号はわかる少年よ。帰り道はわかるか?」

「……わかんない」


ㅤオレの帰り道は長くなりそうだ。もう、ここらでおにぎり食っちゃって、一休みとするか。


——体力が50回復した。少年との出会いを記憶した。人生の経験値が少し上がった。気がする。

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