星の名は。

 考えがまとまらないまま時間だけが過ぎていく。部屋を照らす疑似太陽光は必要以上に明るくならず煩わしさを感じさせない作りのはずなのに、光があるというだけで恐怖心が競りあがり、嫌な汗が流れる。


「おや、惜しいですか?」


 そんな事を聞かれても答えられるわけがない。この異星に住む多くの命が死ぬというのだ。安易な言葉で飾っては、それこそ命への冒涜へと繋がる。




 ……冒涜。冒涜か。




 思い出すこの異星で起こったでき事。

 この異星で俺は、生命を陸に上げ、進化を促し、猿を焼き、遺伝子操作を行って、獣人に知恵を授け、種族間競争の敗者を異世界へ送り、大陸に住む人間の分裂を促し、場違いな神の啓示を下し、独裁者の侵略を止めもせず、国の滅びに手も貸さず、分身とも得る人間を見殺し、人々の尊厳が奪われる様を捉えながらそれを無視し、争いを、争いを、争いを、止もせず、止もせず……これを、冒涜といわずして……


「……俺は、何をしていたんだろうな。この異星で」



 口から出た情けない疑問。それは何度も何度も頭の中で繰り返された自問である。



「神です。石田さんは、神をしておりました」


「神。神だと? 人々を、命を救えもせず、何が神か」


「そもそも生物に救いなどありはしません。産まれれば苦しみに悶え、死ねば無に帰す。それだけです」


「では、神とはなんだ。俺は何のために、この星を創造していたのだ」


「神ですか。都合のいい舞台装置。とでも言っておきましょうか。そういう意味では、石田さんは立派に神の役目を果たしておりましたよ」


「……」


「困った時、苦しい時、迷った時。死にそうな時、人は皆、神か、あるいは神のような概念に想いを馳せます。それはそれまで無神論者だった人間であっても必ずそうです。例外はありません。つまり神とは、人間における運命の岐路に突如として現れる思考のノイズのようなものです。故にその存在に深い意味などありません。勝手に祈られ、勝手に失望されだけの、そんな存在です。だからそんな気にしなくていいんですよ石田さん。何をしたって人は死ぬし、四苦八苦に苛まれるのです。あぁすみません。四苦八苦は仏教用語でございましたね。まぁ神なんて、そんなもんでいいんですよ」


「本当にいいのかそれで? 人のために、星のために何かをすべきじゃないのか?」


「勿論神の権限を使って滅亡を止める事もできます。それは貴方次第ですよ石田さん。ですが、過度な干渉はお嫌いでしょう?」


「……しかし」


「……石田さん。貴方のその、この星に対する執着について、疑問を抱いた事はございませんか?」


「……なに?」


「私が事ある毎にお渡ししていたエナジードリンク。あれですね。入っているんですよ。精神をちょっとだけ弄る成分が」


「……」


「私の命を蔑ろにするような発言に対して貴方が反発していたのはその成分のせいなんですよ。貴方は貴方自身の考えで異星を愛していたとお思いかもしれませんが、それらは全て、偽りの感情なんです。全ては貴方に神をやっていただくための事。ですので、気にしなくたっていいんですよ。気楽に星の滅びる様子を見てください。それで、終わりです。しばらくすれば効き目も切れてくる。罪悪感も、水泡の如くなくなるでしょう」


「……」


 不思議と怒りは湧かなかった。それもエナジードリンクの成分かもしれないと思ったが、考えても仕方がなかったし、どちらでもよかった。それよりも、気になる事があったからである。


「……この星はいつ滅びる。滅んだ後、俺はどうなる」


「そうですね。早ければ五年。持って十年といったところでしょうか。その日が来ましたら石田さんは強制的に元に戻され、スタッフロールを観る事になります」


「スタッフロールが終わったら?」


「地球へお返しいたします。ニューゲームを選択する事もできますが、貴方はそんな事、望んではいないでしょう。といより、経験者は皆、元に戻る道を選ぶのですがね」


「そうか……」


「それまではご自由にお過ごしください。勿論、気が変わって滅亡を回避していただいてもかまいません」


「いや、そんな気はない」


「でしょうね」


 知っているよという風な態度が癪に障った。ちなみにだが、こいつは最後までこんな感じの奴であった。


「……その時がくるまで、俺はこの星にいていいか?」


「それは勿論。すべての決定権は、神である石田さんにありますから」


「では、それまで俺は異星の人間として過ごす事としよう。まだ高校も卒業していないからな」


「こっちの世界ではニートにならないといいですね」


「……そうだな」



 本当にそう思う。ニートなど、なるもんじゃない。



「ところで石田さん、最後に、やっていただきたい事がございます」


「なんだ?」


「私すっかり失念しておりましたが、この星の名をつけておりません。どうか、命名していただきたく」


「……え?」


 そんな馬鹿なと思ったが、確かに星の名前を聞いた覚えも見た覚えもない。誰かがとっくに名付けたと思ったが、どうやら命名は神の仕事らしく、これまでは星の名前があったように皆錯覚しているとの事であった。改めて名付ければ、自動的に置き換わるという仕様らしい。便利な機能だ。




「さ、なんと呼びましょうか。この星を」


「……そうだな」


 迷うふりをしていたが、実はずっと前から決めていた名があった。それをとうとう披露する機会に巡り合えたとは感慨深い。俺は一呼吸おいて、もったいぶって、アシスタントに向い声を出す。



「この星の、異星の名は……」

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