国を見つめて8

 トゥトゥーラの混乱は収まりつつあったが、同時期、ドーガとホルストも幾つかの問題を抱えていたのであった。


 ドーガにおいては戦争にこそ勝利したがこれまでのように奴隷を使った商売が立ち行かなくなる気配が漂い始めていた。輸出での収益が落ち込んでいるのがその裏付けである。フェースの壊滅と植民地の反乱。そして大陸で広がる人権意識。これらの要因がそのまま逆風となり、人身売買による利益確保が困難となったのだ。そしてこの時流の早さはムカームにとって想定外であり、ドーガにおいて盤石と思われていた彼の立場が少しずつ切り崩されていた。そして、逆に影響力を強固にしている人間が一人。それは老獪たる野心家、ジッキである。


「ムカーム将軍の時代も終わりかな。これからはジッキ様がドーガの実権を握るだろう」


「そうとも。今、ドーガの経済力を担っているのは他ならぬジッキ様だ。この事実は代えられないし、ジッキ様についていく者も増えていくだろうよ」


 ジッキはツァカスの工場生産能力と技術力を大きく向上させ、できあがった製品を各国へと輸出していた。その方向性はトゥトゥーラと重なり競争が行われると思いきや、彼はそれを回避している。無論、一部では激しくシェアを奪い合う事もあったが、主力としている製品は完全にドーガの独壇場なのであった。それというのも、トゥトゥーラはエシファンと結託し自動車やオーディオなど市民にも浸透するような製品の開発に力を入れていたのだが、ドーガは工場製品や食品製造用の機械。または工事用の工機に注力し生産販売。売り手から高い評価を得ていたのである。これまで製品の質事態はトゥトゥーラが一歩二歩先に行っていたが、それは職人によるマンパワーに依るものが多きく、作るための道具の開発が若干疎かになっていた。そこに着目したジッキは誰が作っても職人並の水準でしかも大量生産できないかと試案。試行錯誤の末、戦争開始前に流通が行われるようになる。そして戦後。これまで以上の生産力が必要となった各国ではこのドーガ製の商品を挙って購入し、今や奴隷に代わる新たな商品として注目されているのであった。利益においては未だ奴隷商品に劣っていたが成長率と売上比率は群を抜いている。また、高品質の商品を大量生産できる機械を造っているという事は、高品質な商品を大量生産できるという事である。ノウハウと経験。そして技術ツリーの関係により未だトゥトゥーラに及ばないが、肩を並べるのも時間の問題だった。車も生活用品も、既にトゥーラ製商品に次ぐクオリティを誇っている。時と場所によっては取って代わる事も可能だろう。

 それらが全てジッキの功績によるものであれば、もはや臣民が誰を支持するかは明らかである。戦争と調略によりその地位を築き国を建て繁栄させてきたムカームは時代から取り残され、民から必要とされない存在になりつつあった。その証拠に、ムカームに対して国主から国主を退任するよう要求する市民運動までが行われている。トゥトゥーラの大統領制度が広く知れ渡った結果、ドーガにおいても国民主権の思想が開花し、ドーガの独裁に異論を唱える者が多く出始めたのである。

 これについて取り締まること自体は簡単だ。国家反逆罪でもなんでも適用して片端から逮捕していけばいいのである。しかしそんな事をしたらより時流に逆らい、自らの首を絞める羽目となるばかりか、ますますジッキの力を大きくしていくこ事となるのだ。故にムカームは、苦々しくデモクラシーという名の津波を眺める他なかったのである。



「ムカーム将軍。街頭演説とデモの許可がどうしておりないのかと苦情が殺到しております」


 フィルがそう報告すると、ムカームは心底うんざりしたような口調で怒りをぶつける。


「愚かな群衆が何を抜かすか。逮捕されないだけありがたいと思えと伝えろ。まったく忌々しい、今こうして豊かな暮らしができるのがいったい誰のおかげか、奴ら忘れているらしいな」


「民衆というのは得てして恩を忘れ、自らの腹を満たす事だけ考えるものでございます。しかしながら、それこそが国というもの。どうぞ、最善を尽くしていただきたく」


「大佐。貴様いつから私に説教をする程偉くなったのだ?」


「差し出がましい真似をいたしました、どうぞ、お許しを」


「……っ いい。退がれ」


 ムカームは舌打ちを鳴らし追い返したが、またすぐに扉をノックして顔を見せたフィルに対し、今度こそその怒りを抑えきれず怒鳴りつけるのであった。


「今度はなんだ!? 辞表でも持ってきたか!?」


「申し訳ございません。お会いになりたいという方が……」


「会わん! 私は今忙しい! いったいどうした事だ大佐! これまでの貴様であればそれくらいの事を……」


 そう、普段のフィルであればこの状態でムカームに来客の報など伝えはしなかった。とすれば、なぜそのような事をしたのか。それは、彼が断われない人物がやってきたという事である。


「そう部下に当たりませるなムカーム将軍。この度は私が無理を言ってお願いした事。どうぞ、大目に見てやってくだされ」


「……ジッキか」



 ムカームは再びフィルを退がらせると、やって来たジッキと対面を合わせ着座した。卓を隔てる二人の思惑が如何なるものか知る由もないが、これがある種の戦いである事は理解できる。人類とは、立場、手段、目的を問わず、戦う事を義務付けられているようだ。

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