主従廻戦19

 カイヒキンはムカームに命じられる前から大量破壊兵器の開発に着手していた。その理由としては諸説あり、ドーガが攻めきれなくなる事を予見していたとか、他国への牽制に必要となると考えていたとか。あるいはドーガそのものを吹き飛ばすために用意していただとか諸々と推察が挙がった真実は単純かつ退屈なもので、持て余した時間の暇潰しのためであった。



しかしその暇つぶしのために設計された兵器はあまりに強く、また凶悪であった。



 弾頭はインプロージョン方式。九十テラジュールの出力は範囲二キロメートルまでを焼き尽くす試算。従来の兵器とは一線を画す強力無比な威力を悪魔の爆弾。原子爆弾ペッカタム。それは聖書に記されている獣人と人の子の名であり、人類に宿る原罪の名でもある。


 ペッカタムはトゥトゥーラに倣い飛行機から投下する事を想定された。ドーガの技術では未だ試作段階の飛行機であったが、先のバーツィット爆撃の際に得られたデータを基に急ピッチで開発が進められなんとか実戦に耐えられる水準まで押し上げロールアウトに至る。ドーガ産戦闘機はカイウスとアリエーと名付けられた。こちらも、聖書からの引用である。


 フェースを焦土と化すにあたり大義名分が必要だったのはいうまでもない。如何に戦争といえども非戦闘員ごとカーネイジするのであれば国内外から批判の対象となるのは明白である。そこでムカームはあえて新兵器の名を聖書に登場する人物にちなみ名付けたのだった。自らの行いが正義であると誇示するためである。この偽りの正当性によりどれほどの支持を得られるかはムカーム自身も半信半疑であっただろう。しかし、それでも、どれほど薄っぺらであっても、異星には建前が必要となる時代になっていた。理由がなければ大量虐殺など許されない。どれほど小さく、心許なくとも手段には論拠が必要とされていた(理由があるからといって許されるものでもないが)。


 ここにきて俺はふと、猿のコロニーに雷を落とし大火を生じさせた事を思い出した。

 俺だって好きで猿たちを殺したわけではない。異星の成長のため、生物の進化のため、人類の礎を築くために必要だと思ったからこそ俺は雷を落としたのだ。だがその理念はムカームと同じではないか。ムカームとて、野望こそあるにしろ、国のために、未来のために

 行動しているのではないだろうか。であれば俺はムカームを批判する事ができるのだろうか。確かに俺は殺すつもりなどなく、そこに差異はあるだろう。しかし、自身の都合のために猿に向けて雷を落とした事は紛れもない事実なのである。結果として大虐殺。詫びても詫びきれない程の惨事を引き起こしてしまった。一方でムカームは人が死ぬ事を最初から勘定に入れている。つまり、これから死にゆく人間の命を背負おうと覚悟しているのだ。それと比べると、俺は自分がどんどん小さく、小狡く、情けなく思えた。生物の営みを支配できる力がありながらその責を負おうとしない神である俺と、人の身でありながら業を受け入れんとしているムカームどちらが偉大であるか。善悪は置いていて、その差は歴然。諦観を決め込んでいる自分が惨めに思えてくる。しかし……



「しかし大量虐殺は許されるべきではない」


 思わず口走ってしまった。俺はいったい何を求めているのか。自身へ言い聞かすためだろうか。それとも誰かに聞かせ肯定してほしいのだろうか。誰か? それは誰だ。ここには一匹しかいないではないか。



「確かにその通りでございますね。一方的な虐殺などナンセンスでございます」


 以外だった。まさかモイがそんな事を述べるとは思ってもみなかった。


「お前、生物は争ってこそ意義あると散々言ってきたではないか」


「進化のために戦いや戦争は必要です。しかし、兵器を用いた大量虐殺となればその進化が起こる前に破滅へと進む可能性がございます。もしこのレベルの兵器を打ち合うような事態となればもう異星は終わりですよ。人類はおろか下等生物すら絶滅状態となり、汚染した大気や土壌が回復するのにも長い年月を要するでしょう。せっかくこれまで築いてきた星の歴史や文化が瞬き程の時間で全て無に帰すのです。なんとも非合理的かつ効率が悪い。まぁ、そこまで強力な武器の場合使わない事により威力を発揮する事もございますから、短絡的に核戦争が起こるなどと極論を展開する気はございませんが」


「放射能が原因でミュータントが生まれるかもしれんぞ」


「可能性は低いですね。神の特権で作れない事もないですが」


「……趣味じゃないな」


「そうですか。まぁ、なんにせよ、核の使用まで秒読みとなってきました。止めるのであれば今の内でございます」


「……これを止めない俺は、悪だろうか」


「知っていますか? 聖書の中で、神は多くの人間を殺しています」


「……」



 モイのその言葉は果たして慰めか、それとも単なる皮肉だったのだろうか俺には分からなかった。ただ、批判も肯定もしなかったのは素直に感謝したい。全ての責任は俺にあり、異星に住む人間の命を背負うという覚悟が、今更ながらに持てたのだから。

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