主従廻戦18

 ムカームはエシファンから帰国後、今後について思案していた。

 如何に植民地が発起したところでドーガにとっては物の数ではないが、遠方に点在している島々を制圧していくにはそれなりの物資が必要だった。それに扇動している人間がいるのであれば他の植民地もいつ暴動を起こすか分からず、それを阻止するための兵力も割かねばならない。フェース共々攻略する事自体は難しいものではないが、掛かるコストや後処理を考えると軽々には決断できないのである。

 そこでムカームは一旦植民地支配を諦めた。比較的ドーガに近い島のみ再制圧した後、そこを拠点としてフェースを叩いてから再度侵略する作戦を決行。発生するコストを分断し流動性を持たせ国庫の安定性を図った。

 しかしそうなるといよいよ戦争の長期化は避けねばならない事態となる。長々と争っていては金がかかる一方だしいつまで経っても植民地の統治が終わらない。戦後の保障といってもフェースに金などないし資源も知れている。コニコ、バーツィットにおいても賠償を一括で支払う能力はなく、穴埋めに十数年はかかる試算。しかもエシファン、ホルスト、トゥトゥーラまで巻き込んでいるのだから更に少額となるため充てにはできない。後々の事を考えれば、早期決戦以外の選択はあり得ないのである。


 そんな折、ムカームの下へ一つの報せが届く。



「バーツィットが陥落。トゥトゥーラが攻略に成功したの事です」


 フィルの言葉にムカームは驚きの表情を見せる。


「まさか!? いくらなんでも早すぎるだろう!?」


 ムカームには驚愕の他、怒りと恐れの感情も現れていた。自身の予想よりも早く決着をつけたトゥトゥーラへのやっかみに似た怒りと、それを実行できた事への恐れである。


「飛行兵器を使って空中から爆撃を行ったとの事。拠点の要所を破壊されたバーツィットは降伏勧告を受け入れたそうです」


「……なるほど。実用化していたか。しかし存外バーツィットも脆かったな。いや、予想はしていたが、一矢くらい報いると思っていた」


「元より国とは言い難い規模ではございましたから、早々に屈っせざるを得なかったのでしょう」


「馬鹿共が要らぬ夢を見るからそうなる。力もないくせに何を望んだか知らんが、愚かな事だ……」


「近く、キシトア様自らドーガにお見えになり、戦果のご報告をしたいとの申し出がございました」


「気に食わんが、断るわけにもいくまい。私も直接会って釘を刺しておきたいしな」


「承知いたしました。それと、エシファンからも報告が届いております。戦局良好。近く、コニコ本土への攻略を実行に移す。と」


 これを聞いたムカームはあからさまに不機嫌となり舌打ちを響かした。先のエシファンとの会談が尾を引いているのだろう。


「我が国の支援に加えホルストの増援まで動員しているのだ。それくらいは当然。戦後、さも自らの手柄の様に語るのであればシュンスィの処遇も考えばなるまいな」


 ムカームのこの苛立ちは連合二国が好調にも関わらず、ドーガだけが手を拱ている現状から生じたものであるのは明白だった。先にも述べたように、ドーガには早期の着をつけるだけの力がないわけではない。だが、ここで消費し過ぎればトゥトゥーラに後塵を拝す可能性もある。また、トゥトゥーラだけではなく、トゥトゥーラと関係を進展させているホルストやエシファンの影もチラついている時流の中ではより慎重な政治的判断が求められるのである。これまでとは質の違うプレッシャーの中で的確な選択をしなければならないムカームの心労は筆舌に尽くしがたいものであっただろう。自縄自縛といえばそれまでであるが。


「フィル大佐。フェースとの戦況はどうなっている」


「は。コニコ軍との挟撃や奇襲などで遅れが生じており、フェース本土の防衛も思いの外難く手こずっているのが現状でございます。正直ここまでやるとは思ってもおりませんでしたが、コニコが攻略されつつあり、また、敵も限界が近いと予想されている事から、勝利は間違いないと考えます」


「まぁそうだろうな。だが、気に食わん」


「と、申されますと」


「貴様とて分かっていよう。このまま我が国だけがズルズルと長く戦えば後の国家競争において不利となる。トゥトゥーラが早期に決着をつけたのであれば尚更だ。こんなところでグズグズと二の足を踏んでいる場合ではない」


「恐れながら将軍。事を急いては……」


「貴様に言われるまでもない。だが、停滞、遅延の類は膿となって国を苛ます。早急に手を打つに越した事はない」


「仰る通りでございます。私も、及ばずながら早期終戦に向け尽力いたします」


「そんな事で勝てたら苦労はせん……よし、カイヒキンと呼べ」


「カイヒキンでございますか? かしこまりました。すぐに手配いたします」




 カイヒキンはドーガの技術開発室責任者である。彼はこれまで戦艦の機関や動力をはじめ、発電所、水質濾過装置、電話、上下水道の設計など多様な分野で多くの功績を残してきた紛れもない偉人なのだが、ムカームは彼に、次のような命令を下したのだった。


「広範囲にわたって破壊が可能な兵器を造れ。それも、かつて見た事のない威力のものをな」



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