主従廻戦12

 この状況を静観していたムカームは、数日の後にようやく作戦支持を出した。


「これよりフェースへ攻め込む。作戦立案と前線指揮は私手ずから行う事、全体に伝えよ」


「はっ!」


 フィル大佐より伝えられたその報はドーガ全土を越え他国にも衝撃を与えた。ついにドーガが動き、しかも総統たるムカーム自らが指揮を行うというのだ。ある者は恐れ、ある者は感嘆し、またある者は疑った。反応は三者三様、十人十色であったが、等しく共通して、の大国が総力を挙げて攻め入るという事に大きな動揺を見せたのだった。


 そうして開戦。フェースとの初戦闘はシャボテン島より遙か東へ進んだ海域である。ドーガ軍は翼陣を展開。数による包囲戦を行う算段であろうと誰しもが考えた。戦術の入り込む余地のない絶対的な数による暴力。これこそが最も強く、目指すべき王道のパターン。両国の戦力差を考えればドーガがその策を用いるのは当然である。

 一方フェースにおいては戦艦一隻と軽巡洋艦五隻。他、粗末な戦闘船が数隻。武器も旧式の砲弾や銃ばかり。勝つ見込みは絶望的。挑むだけでも後世に勇敢、あるいは蛮勇と評されるであろう無謀なる戦い。しかし、フェースはこれを避ける事ができない、何故ならば彼らには逃げる場所も隠れる場所もなく、目の前に立つ強大な敵を相手にし、勝たねば未来がないからである。




「ジョーワン。本当に勝てるのか? 凄い数だぞ」


 バルトフィールドの艦首にてアダムは不安そうな声を出した。


「真っ向からぶつかれば負ける。勝てるわけがない」


「おいおい……」


「が、まるっきり勝機がないわけじゃない。大丈夫。俺の見立てでは三割の確率で勝てる」


「三割……三割か……」


「零よりははるかにいいさ。まぁ。頑張り次第で一割二割は上がるかな」


「なるほど。半々になるなら。命を懸ける価値もあるってもんだ」


「そうだ。どの道勝てなければ死ぬんだ。やるだけやろう」


「……そうだな!」



 ジョーワンの言う通り、果たして頑張りしだいで作戦成功率が二割も上がるものであろうか。答えはNOである。そんな簡単に勝てる見込みが強まるのであれば苦労はしない。ジョーワンが軽く述べた言葉は士気高揚のためだろう。やらなければ死ぬ。いや、死ぬよりも酷い目に遭うかもしれないのだ。負けると思って挑んでもらっては困るのである


「近づいたぞ! とりあえず一発撃っとくか!?」。



「まぁいい距離だな。総員、戦闘準備。まずは威嚇だ。砲弾で壁を作れ。ただし、節約してな」


「了解。砲撃準備……撃て!」



 海上に轟音と黒煙が渦巻く。距離はやや遠く、フェースの砲弾はドーガ軍の艦隊前に着弾。海に穴が開き潮が上る。宙に浮かんだ海水が雨の様に降り注ぐと、パラパラと艦体を打ち付ける音が散らばった。


「距離確認よし。右舷へ取りつつ前進。慎重にな」


 巡航速度より遅くフェース艦隊は進むと、両軍有効射程に入る。ドーガ軍は右翼を前に動かし早くも包囲を敷く姿勢。十字砲火地点に入ればひとたまりもない。ものの数分で、バルトフィールドは海の藻屑となるだろう。


「ジョーワン! 囲まれるぞ! 早く! 早く次の手を!」


「いや、もう少し引き付けたい。この距離じゃ砲撃を当てても沈められないからな」


「悠長な事を言ってるとこっちが撃ち殺されちまうよ!」


「まだ大丈夫さ。敵は数の優位を生かして集中砲火を掛け一気に仕留めるつもりだ。そのためには少し射程が足りない。余裕があるよ」


「今撃ってきたら!?」


「歌でも歌うか。死に際くらいは華やかにしたい」


「俺は歌なんて知らねぇよ!」


 バルトフィールドではアダムだけではなく船員全員が不安を抱え心臓の音をかき鳴らしていた。一発撃ちこまれれば窮地となりかねない距離まで敵艦が接近していれば、恐れない方がどうかしている。しかもこの戦いは初戦。その心境は察して余りある。


「よし。作戦開始! 装填はされているか?」


「とっくに撃てる準備はできてるよ!」


「よし! 砲撃開始!」


「砲撃! う、撃て!」



 フェース艦体から再度砲撃が行われた。しかし、これもまたドーガ艦に被弾はしなかった。砲撃は弧を描きながら艦に接近すると、着弾直前に爆破。すると真っ白い煙幕が上がり、視界を完全に奪ったのだった。


「よし! この調子でもう一発だ! 煙幕もどんどん投げろ!」



 ジョーワンの合図とともに海上に多数の煙幕が投げ込まれ、白煙は更に濃く、広域に広がっていく。視界は塞がれ何も見えない状態。


「よし! カノン砲準備!」


「撃っていいか!?」


「許可する」


「よっしゃ! 全員撃て! ドーガの奴らに向かってどんどん撃て!」


 フェースの砲撃が開始されると、命中したドーガの艦は破損し、轟沈していった。反撃しようにも包囲戦を敷きつつあった陣形では同士討ちも起きかねない。そのうちに一隻、また一隻と船が沈んでいくと、霧が晴れぬ間にドーガ軍は後退。海域から退いく。



「ジョーワン! 敵が逃げてくぞ!」


「警戒しつつこちらも後退」


「あ? 退くのかよ!?」


「これ以上は無理だ。ともかく、相手が退いてくれて助かった。今は拾った命の大切さを噛み締めながら、勝利の余韻に浸ろうじゃないか」


「……まぁ、生きているだけ儲けもんか」


「そういう事」



 こうしてフェースとドーガの初の戦闘はフェースの勝利に終わった。

 この結果は各国を大きく驚かせた。まさかドーガが負けるとは誰しもが思ってもみなかったのである。おまけに戦闘指揮はあのムカームが摂っているのだから、皆、中々真実を呑み込めずにいるのだった。


 しかし、如何に奇策を用いたからといって、大きな戦力差のあるドーガがこれほど簡単に負けるだろうか。


 そう、負けるはずがない。


この敗北こそムカームが取った、トゥトゥーラを貶めるための策略なのである。

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