猿人、大地に立つ11

 未だ狂乱に沸く戦場で氷漬けとなるカイウスとアミストラルピテクス。如何なる決断が、如何なる運命を招くか。


「……ほれ! さっさと約束するでおま! 逃すと、殺さんがなと!」


「……」


 カイウスをはじめ、要塞に籠るアミーク達は皆等しく一様に窮した。何もかも捨て修羅となったはずの彼らであったが心の破片が小さく残っているのだろうか。それが愛なのか人情なのか未練なのかはこの際置いておくとして、決断を迫られ選びかねている事は確かな事実である。


「……どーします?」


「……どうもこうも」



 そんな中でも腹の中では恐らく見捨てる覚悟を決めているカイウスではあるが、その場合、戦いの意味が薄れる事になる。

 元はといえば復讐が目的であったのだからアミストラルピテクスを打倒し滅ぼせばそれは達成はできる。しかし、相応の数が集まり事を成すのであれば、必ず、自ずと、各々に、己の行いを正当化する大義名分が生まれ群れが結束していくのである。この時、アミークス達の間で掲げられていたそれは、「邪智暴虐なる移民者を尽く滅殺し種を解放へ導く」というものであった。誰が言い出したでもないその大義名分は口に出すまでもなく伝播していき共通の意識となった。INTをバフされたカイウスはそれを知っているため迂闊を吐けない。もし「復讐したいだけだから種の存亡なんざどうでもいい」などと口に出したらそれは戦う意味の否定になる。だから決めかねる。どちらを選ぶか。ここでアミストラルピテクスの提案を無視して殺すとする。今はいいかもしれない。この時は済むかもしれない。しかしこの先。アミストラルピテクスなきその後の争いの火種となるは必然。カイウスはともかく、カイウスを擁した長と、長が束ねる集落が矢面に立たされるのは目に見えていた。それを予感したカイウスが躊躇するのはやむを得ぬ事である。


「……」


 口を開くも中々言葉が出てこない様子のカイウス。しかし、いつまでままごついているわけにはいかない。時間をかければ、戦意を取り戻した敵が要塞に侵入してくる可能性もあるのだ。決断しなければならない。


 カイウスは一旦大きく息を吸い込み、吐く。そうして、とうとう、いずれかの道を選ぶか述べようと力を入れた。




 だが、その彼が言葉を発する前に、苦虫を噛み潰したような、呪詛めいた声が、戦場に渦巻いたのであった。




「もうええわ。答えんでも。これで終わりやさかい」




 その声はアミストラルピテクスのものであった。同時に、シャーグウの周り地面が起き上がり壁となって、アミークスの要塞もろとも取り囲んだのであった。



「どうしたっちゃ! なんみゃあこれは!」



 驚き戸惑うアミークスとアミストラルピテクス。互いにいったい何が起こったのか理解できていないのだろう。そこへ、先に聞こえた声がまた響く。


「正直、せっかく建てた都市を失うんは痛いけども、この際しゃあない。命あっての物種やさかいにな。おどれらには過ぎた墓所やが、ワイらをここまで追い詰めた褒美や。くれたる」


「何を言うとりゃーせる! 何をしたっちゃ!」



 カイウスの問いアミストラルピテクスは憎しみを込めて答えた。「これが最終兵器や」と。



 シャーグウにはもしもの際に備え建物ごと爆破炎上する自爆装置が取り付けられていた。アミストラルピテクスはこれをゲキジョウと名付けていた。

 本陣発破による大破壊は周りに障壁を展開する事により回避不能の超威力を敵に与える。仕組みとしては埋まった床をロープと滑車で持ち上げ壁にし、プルガトリウムと同じ可燃性燃料を噴出し引火させるというもの。中にいるアミストラルピテクスは退避用路から脱出し、この仕掛けを作動させたのだ。



「ちょっと待ってちょ! ワシらは助けてくれるって言っとったでみゃあか!」



 そう狼狽するのはアミークスの雌と子供を連れたアミストラルピテクスだが、その正体は顔を変えられた知識階級のアミークスである。アミストラルピテクスは、死んだ同胞の顔の皮を剥ぎ取り、そこからさらに上位の個体そっくりな面へと加工してアミークスに貼り付けたのだ。


「アホかおどれは。そんなうまい話あるわけないやろ。ちっとは考えんかい」


 無情な一言に知識階級のアミークスは泣き崩れた。


 だがそんな事は問題ではない。このままカイウス達が死んでいく場面を見届けねばならないと思うと、俺は砂を食むような、なんとも悔しく、居た堪れない気持ちになった。


 何か策はないかと一考。下手に手を出しても滅びる日を伸ばすだけで解決にはいたらない。アミークスを生かすにはどうしたものか。ムリラのように、どこか僻地へ運ぶか。いや駄目だ。アミストラルピテクスは頭がいい。どうせすぐ船や飛行機を開発して発見するに決まっている。どうするか。アミストラルピテクスの脅威を退けるには……


 




 天啓下る。閃きが頭を駆ける。

 



「バウバウ」


「はぁ。なんでございましょう」


「異世界だ」


「はぁ?」


「異世界転送だ」


「いや……あの……」


「転送だ。アミークスを、異世界に転送するのだ。バイストンウェルとかエルドラドとかセフィーロとか、あるだろう? できるだろう? あるといえ。できるといえ」


「いや、ま、そりゃあまぁ、ありますけど。できますけど、やっちゃうんです? ちょっと世界観違い過ぎません?」


「かまわん。やつら。いや、もはや隠すまい。カイウスは稀なる感性と頭脳がある。ここで殺すに惜しい。生かしたい」


「それは、石田さんが入れ知恵したからでは……」


「素養はあった。それで十分。いいから早くしろ。焼け死んでしまう」


「分かりました。それではやります。海と陸の間。アンデスの黄金郷。お元気ですか失礼します。転じましょう。哀れな獣人を」


 バウバウが妙な事をいっているうちにシャーグウは爆発四散。木っ端に弾け潰え、同時に、カイウスをはじめとしたアミークス全てがこの異星であって異星でない、パラレル的な世界へと流されていった。


「システムの仕様で種族全てを移動させねばなりませんでしたが、よろしいですか?」


「かまわん。むしろ、よくぞやったというべきか。どうせ残ったとして迫害され哀れな生を送るだけだからな」


「それと、異世界は石田さんの管轄外になります。呼び出す事はできますが……」


「それも問題ない。以後彼らには、彼らだけの生を送ってもらう」


「さいですか」


 こうして異星に住まう全てのアミークスは、異星の異世界へとその身を移したのだった。 

 戸惑いは隠せないようかったが、彼らはそこで新たな生活を始めんと腹を据えたように見えた。


 しかし争いの種が潰えたわけではない。生物とは、如何なる環境においても、戦わざるを得ないサガを持っているのだから。



 アミストラルピテクスに囚われていた雌のうち数匹から、明らかに種の異なる個体が産まれた。それは薄い毛に覆われた猿のような風貌であり、発達した頭蓋と、堅強な五指を持っていた。

 猿と人の中間に位置する生命体。それはまさしく、猿人であった。


 猿人が二本の足で大地を踏んで立ち上がった時、アミークスは達はどのような生活を送っているのか。それは俺ではなく、彼ら自身が決める事である。

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