猿人、大地に立つ9

 戦いの準備はつつがなく、また粛々と行われていった。

 長は同盟のため奔走し、アミストラルピテクス(彼は自身をミキノスと呼んだ)は対武器の思案を重ね、カイウスは拠点建設の計画を進め、ひととせ、ふたたせと過ぎていった。その間アミストラルピテクス達はカイウスをはじめとした脱走者の捜索を続けていたが、ついぞ彼らの住処を発見するには至らなかった。これはもちろん、俺がバウバウに小声を言われながらも妨害工作をしていたからである。


 して、準備は整った。兵は集まり中間基地も完成。対アミストラルピテクスにおいても一応の手段はできあがった。しかしそれでもなおアミーク側は劣勢と言わざるを得ない。


 大陸にはムリランドよりほぼ全てのアミストラルピテクスが集結しており数の上ではほぼ同数となっていた。数の面では互角。が、それだけであれば基礎体力に勝るアミークが断然有利。しかし、中々そうは問屋が卸さないのである。

 まずは武器防具の差。彼らの作るそれはもはや兵器といっていい。アミストラルピテクスは大陸上陸後、その知恵知能と細工技術に一層磨きをかけて、様々な殺傷道具を開発していった。槍や刀剣などの長物は勿論。弓、弩、投石機といった遠距離武器に加え、現段階では無用の長物としかいえない破城槌やらバリスタといった攻城装置まで用意する始末。こんな物を使われたら個々の能力差などあっという間に無に帰すであろう。ちなみにこの時代にそぐわぬ超発想はバウバウが置いたガレー船もどきが脳に未来的インスピレーションを与えた結果だという。まったく余計な事しかしないなあいつは!


 だがアミストラルピテクスの真の強さはそこではない。彼らの骨頂、真髄は、優れた命令系統による統率とマニュアル化にある。

 アミストラルピテクスの卓越した脳はオールドムリラとの生存競争により瞬く間に成長していきノウハウを蓄積していった。彼らが生き抜くためには徹底した合理化、効率化が求められ、如何なる戦況においてもベターな行動をとる事が前提条件となったのだ。度重なる戦いの中で日夜問題提起と議論により軍略を編み出し、個体から群体。群体から全体へと帰依するよう体系的なシステムを作り上げ、進化させていったのである。これこそアミストラルピテクスの骨頂であり、本当の怖さに他ならない。戦略の域では、如何に兵力を集めようとも十中十でアミークスは負けるであろう。つまりこのままではやはり必敗というわけで、見るに大変忍びない結末が待っているというわけである。


 したがって、それを崩すアイデアをカイウスに授ける事にした。先に彼自身が話したゲリラ戦法にもう捻りを加え、敵の戦力を一挙に削ぐ策を電波に乗せて送ったのだ。

 まずはアミストラルピテクスの住む各地集落に攻め入る。ここで相手側が打って出てきたら撤退するも、完全に逃げずに付かず離れずを維持。首尾よく引きつけ、そのまま建設した駐屯地の要塞まで案内する。

 敵がそのまま攻勢を仕掛けてくるのであればよし。恐れをなし撤退するのであればそれもまたよし。恐らく、日を改めて、しかも大群を率いてやってくるだろうから。


 この要塞にはミキノスの隠し球が設置されている。それは巨大な吹子を使い可燃性物質の散布を行い発火させる焼夷兵器である。コストパフォーマンスが悪く携帯性皆無で通常の戦闘では的を絞れないため運用は諦めていたが、相手が一挙に密集し集まってくるとなってはこれほど有効なものはない。一網打尽。阿鼻叫喚の灼熱地獄をプレゼントできるというわけだ。カイウスはそれを見てほくそ笑んだ。これならば勝てる。そう踏んだのだろう。その予想は間違っていなかった。



 決行したのはよく晴れた湿度の低い日であった。大群を率いるはカイウス。先陣である。


「なんやあれ。アホちゃうか」


「カモやで。毟り取って毛皮にしたる」


 宣戦布告などない古代。突然の討ち入りに多少の混乱を見せるも常在戦闘を旨とするアミストラルピテクスはすぐさま迎撃準備に取り掛かった。まずは防衛部隊を展開し足止め。そこへ一波、二波の遠距離攻撃を加え、乱れた隊列へ攻撃隊を投入。統率を失った個体を撃破していく算段。が、アミークスは射程ギリギリで待機。戦場は膠着状態を見せる。


「なんやねんおどれら! 戦う気ないんか!」


 呆れたようにアミストラルピテクスの兵が叫ぶと、全体の嘲笑う声が響いた。


「すまんにゃあ! おみゃあさん方の間抜けた面を見とるとよぉ! つい、わ、笑いが堪えられ、られずに……!」


 意趣返しのような大爆笑。アミークスはゲラゲラと腹を抱えてアミストラルピテクス達を指差す。


「……なんやおどれら! わざわざ口喧嘩しにそんな仰山きはったんか!?」


「いんや!? そりゃ勿論おみゃあさんらをやっつけるつもりだでよ! やけんども、そんなとろくさい顔を見ると逆に申し訳なくなってみゃーて、戦う気が失せるっちゃ! すまんがよ、もう少し真面目な顔してくれんかね! 多分、今そっち行っても、笑ってしみゃーて力入らんのだわ!」


 アミストラルピテクス達の顔に青筋が浮かぶ。

 彼らは他者に笑われる事、小馬鹿にされる事を極端に嫌う傾向があるのだが、カイウスはそこを上手く突いた。事前にミキノスから情報を得ていたのだ。


「頭いいのは結構だけどもよぉ! そんな見てくれの奴らがいっぱいおっちゃああんたらも難儀だなみゃあ! ご自慢の知識で顔変える道具でも作ったらどうみゃあ!?」


 そしてカイウスがアミストラルピテクス達の面の作りを罵倒するには訳があった。彼らはいつからか、顔の美醜を競うようになっていたからである。

 その理由は単純で、アミストラルピテクスの雌の趣向の変化である。いわばモテるためだ。

 言葉にすれば陳腐であるが実際彼らは必死であった。これまでは単に力の強弱や頭の良し悪しで有利不利が決まっていたのが、突然顔面偏差値まで評価の対象となったのだからこれは大事であろう。彼らは他の雄に負けぬよう日夜美容に力を入れており、時には小競り合いにまで発展する事もあったわけだが、カイウスはそこを狙ったのだ。

 もっとも、この方法は野生みが多分に残る下級アミストラルピテクスにしか通じぬ下作。しかし、兵をやっている個体はおおよそ脳筋であったため問題はなかった。


「このガキ! ぶち殺したる!」


 挑発に乗ったアミストラルピテクスは迂闊に全速前進。守備部隊どころからほとんどの個体が集落から出てきたのではないかという数が次々に駆け出し、アミークス目掛けて突撃敢行。


「よし! チクチク攻撃しながら後退! あんまり引き離すでにゃーよ!」


 アミークス達は絶妙な距離を取りつつ退路を進む。アミストラルピテクス郡のはるか後方から「戻らんかいバカタレ!」という指揮官の声がするも聞く耳もたず。実はこの時、俺はアミストラルピテクス達に微弱な電気信号を送りその攻撃性を高めておいた。頭に血が上った奴らに冷静な判断などできるはずがなく、自慢の指揮系統は一気に瓦解。有象無象の烏合の衆となる。


「殺したる!」


 殺意のアナウンスの中疾走行軍。地を駆け風を切る命がけのチェイスタグ。両者倒れ傷付き死ぬ者多数。それでも続く怒涛の激走。立場は違えど想いは一つ。「絶殺」の二文字。互いが互いの命を狙うデッドアライブ。果たしていずれが勝者はとなるか……




「……なんやこれ」


 辿り着いた炎獄要塞『プルガトリウム』アミストラルピテクスは思わず声をなくす。天秤にかけられる感情。臆すか奮うのか。


「……関係あらへん! 突撃や!」


 アミストラルピテクス蛮勇! これにはカイウスもニッコリ!


「今だっちゃ!」


 アミークス達が分散! 瞬間、噴射! 灼熱の炎燃る! 黒煙! 異臭! 断末魔! アミストラルピテクス達に襲う炎! 呑まれれば漏れなく死ぬ煉獄プルガトリウムは数多の命を焼き払い焦がしていった!


「アカン! 退却!」


「とろくさい!」


 難を逃れたアミストラルピテクスもアミークス隊によって殺される。逃げる余地なし。気付けば殲滅。取り逃がしない全殺し。カイウス率いるアミークス連合の初陣は、圧倒的な勝利によって幕を下ろしたのだった。

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