第84話 問題だらけ

「父上 !落ち着いてください !」


 憤る男の前に入り、その屈強な体をファティマは必死にクリスから離そうとする。彼女の部下がその隙に丸太を引っこ抜き、茨を切ってくれた事でクリスはようやく自由の身となった。


「ゲホッ…」

「クリス、無事でしたか…こちらに不備があったのなら謝りましょう。しかし、随分と手荒い仕打ちをなさるんですね ?」


 解放されるや否や、アンディは近づいてクリスの背中を擦りながら身を案じる。そして言葉は選んでいたものの、明確な敵意を向けながら男にどういうつもりなのかを尋ねた。


「フン、連れか。貴様如きが口を挟むな !この男は何の前触れもなしに約束を破棄してワシの顔に泥を塗りおったのだ !」

「いや、あれは――」

「我が娘との婚約を断りもなく白紙にしよって !おかげで笑い者にされたあの屈辱と来たら…この恨み、晴らさでおくべきか!!」


 自分に食って掛かるアンディに対して、ファティマの父が因縁を怒鳴り声で語った。当然ではあるが周囲にいた者達は仰天し、レグルだけは心中で「盛り上がって来たぞ」などと思いながら遠目でやり取りを眺めている。


「クリスさん、私は出来ればあなたの味方でいたいとは思っていますが…いくらなんでもそれは…」

「クリス、流石に謝るか…お、落とし前を付けた方が良いと思うんだ」

「なあ違うんだ。頼む、こっちの言い分も聞いてくれないか ?」


 ジョージとグレッグは流石に擁護できないと、クリスに対して引いたような態度を取っていた。間違いなく誤解されていると思ったクリスは少しまごつきながら二人を説得しようとする。


「そんな…」

「お前は何でショックを受けてるんだよ…」


 なぜか落ち込んでいるアンディにクリスは呆れながら立ち上がり、静かにファティマの父を睨んだ。


「父上、もう過ぎた事では無いですか。それに…私は今の生活で十分に満足しています」

「だがファティマよ。我が一族の伝統は――」

「強き伴侶と添い遂げて戦士としての使命を全うする…耳にタコができるほど聞きましたよ。しかし相手が望まぬのであれば、無理に縁を結ぼうとも綻びが生まれるだけです。そうなれば渦中に立たされた子供やその親族たちはどうなります ?」

「う、うむ…」


 一方で強気なファティマの態度を前にして、彼女の父は何も言い返せずにたじろいでいた。言い返せるだけの意見が浮かばないのか、元から彼女に頭が上がらないのかは分からなかったが、何にせよ助かったとクリスは思っていた。


「良識のある娘さんで助かったよ。年端も行かないガキを恩人と結婚させたがる父親とは大違いだ」

「強き者と結ばれてくれるのなら我が子も安心であろう !私は伝統と娘の将来を案じただけの事だ !」

「おかげで俺は仲間からロリコン呼ばわりだった !限度を考えろって言ってんだバカ!!」


 ここぞとばかりにクリスは無茶苦茶な頼みだったと辛辣に言い始めたが、娘を相手にしている時とは別人のように顔つきを変えて、ファティマの父は正当性を主張する。当たり前だが罵倒を添えてボロクソに返されてしまった。


「ならば今だ !娘も十分成長した事だし――」

「あの子の話を聞いてねえのかお前は。彼女や俺にだって相手を選ぶ権利はある。それに前も言っただろう…俺はもう誰と結婚するつもりも無い」


 それでも引けないのか、ファティマの父は必死にクリスのとの結婚へ漕ぎつけようと躍起になっていた。クリスはそんな気が無い事を改めて打ち明けるが、彼はやはり腑に落ちないようで唸り続けている。


「あんな様子だ、代わりに私が紹介しよう。あのお方はヴァイン・サオスエル…守り人達の指導者であり、私の父だ」


 自己紹介どころではなさそうだと判断したファティマは自分の父の名をグレッグ達に教えてから、騎士団から交渉を申し込まれていると彼に対して伝えた。ヴァインは少し訝しそうに全員に睨みを利かせてから、仕方なさそうについて来いとだけ言って歩き出す。


「随分と気合が入ってますね」


 ジョージが汗水たらして稽古に励む魔術師達を見て呑気に言った。


「守り人は、自然と共に生きて山脈…ひいてはそれによって隔てられている境界線をを守るのが仕事。生半可な心構えは許されん」


 頼んだ覚えは無いのだがヴァインは振り向くことなく説明をしてくる。他の流派以上に格闘術にも力を入れているのは、水や風の魔法の様に魔法自体に殺傷力を持たせ辛いが故であった。稽古場や居住用の区域を抜けて、本拠だと推測できる巨大な石の建造物へ案内された一同は、跪いて礼をする魔術師達を尻目に最深部にある応接間へと通された。ヴァインが自室として使っているのか、所々に煙草や鍛錬用の器具が置かれており、どことなく生活感が漂っている。


「好きなように座るがいい」


 椅子などは無く、妙にゴワゴワした絨毯の上にてヴァインは胡坐をかいた。クリス達もそれに倣って同じように腰を下ろす。アンディだけはどうも抵抗があるのか片膝を立てて座っていた。もしかしたら警戒をしているのかもしれない。


「フー…おおよそ見当はついているが用件を言ってみろ」

「事情は様々だが、端的に言えば我々や騎士団に協力して欲しい。勿論、悪いようにはしない」


 一息に吸い込んだ煙草の煙を盛大に吐き出しながらヴァインは尋ねた。レグルもすぐに用件を話し出すが、やはり一筋縄でいかないという事が彼の険しい表情で見て取れる。


「万事の問題において必要なのは発端を知る事だ。我々に助力を仰がねばならない程の事態がなぜ起きたのかを教えろ」


 先程までの娘にたじろぎ、クリスに辺り散らかしていた頃とは気持ちを切り替えたヴァインは、威厳を込めて落ち着き払った低い声と共に追及してくる。隠しても仕方が無いと、クリスは騎士団に入ってからの経緯や現在の国全体で起きている事態、騎士団やそれに協力する者達がどのような仕事に追われているのかを包み隠さず話した。全てを聞き終えたヴァインは目をつむって静かに頷き、頭の中で状況や自分の立ち位置を整理している様にも見えたが、やがて静かに目を開いた。


「…つまり、貴様が全ての原因ではないのか ?」


 それは間の抜けた様な声ではあったが、クリスにとっては胸に冷たく突き刺さる言葉であった。他の者達も何一つ意見を言わない事から薄々勘付いていたのだろう。或いは、下手に擁護をしたところで更なる追及がクリスに向かう事を分かっていたのかもしれない。


「まあ…そうなんだが…」

「騎士団を辞め、ブラザーフッドに対して落とし前を付ける。それで解決するだろう ?」


 痛い所を突かれたのか、弱弱しく肯定してきたクリスに対してヴァインはさらに追い打ちをかけて来た。決して悪気によるものではなく、素朴な疑問から来るものであったとは思いたかったのだが、このままでは騎士団側の要求が通る可能性はあまりなさそうである。


「割って入るようで恐縮ですが…ミスター・ガーランド一人の首を飛ばすだけで終わるという可能性はあり得ません。そもそも彼が加入する以前…追放処分を受けていた頃から、ブラザーフッドとその一派による行動の激化は度々問題視されていました。彼が騎士団に寝返った事を不義理と主張するブラザーフッドの意見は、つまるところ自分達の行っている非道な仕打ちを正当化しているに過ぎない。大人しく身柄を渡しところで、沈静化する事は無いでしょう」


 少しマズいと思ったのか、アンディがすかさずフォローを入れて来た。交渉する相手だからとはいえ、下手に譲歩することなく断言する彼の胆力は裏社会で生きて来た経験による賜物だろうか。「良いぞ、もっと言ってやれ」と期待する反面、「そんな危なっかしい連中とズブズブな関係だったのは誰だ ?」という考えがクリス達の本音であった。


「如何にブラザーフッドの魔の手から遠いこの山脈といえど、狙われるのは時間の問題…そうなれば彼らのいいようにされるか、抗うかのどちらかに絞られる」

「だから協力をしろとでも ?利用される相手がブラザーフッドか騎士団か。それだけの違いではないか」

「誤解しないでくれ。対等な同盟関係を築こうと言ってるんだ。ホワイトレイヴンと同じように何か問題があればこちらも手を貸す」


 レグルはさらにブラザーフッドによる動きが守り人達にも迫って来ると告げるが、ヴァインは騎士団も同じようなものだろうと馬鹿にする。クリスも一緒にしないでくれと言い聞かせてみるが、やはり彼は頑固だった。


「何にせよ、大方の事情は分かった…それと同時に、こちらで起きている問題についても合点がいったぞ」

「どういう事ですか ?」


 しかし、決して後ろ向きに考えているわけではないのかヴァインは頷きながら話題を変える。彼が言及した問題についてグレッグが尋ねると、ヴァインは立ち上がってから再びついて来て欲しいと同行を申し出た。やがて外の居住区へ案内された一同は、焚火の近くで物悲し気に項垂れる女性やテントで泣きじゃくる子供の姿などを目撃する。


「失踪だ…ここ最近になって山を下った女子供が突如姿を消す事件が後を絶たない。最後に目撃された場所から大地以外の属性を持つ魔法の痕跡が見つかった。外部による犯行という可能性も高い…もしかすればブラザーフッドが…」

「つまり、やるべき事は犯人探しと制裁」

「ああ…もし手伝ってくれるというならば先の話、考えてやろう」


 守り人達が抱えている問題についてヴァインが語った後に交換条件を提示してくる。願ったり叶ったりではあるが、ひとまずは全員で話し合いをしたいとクリス達は人目につかない場所で相談を始めた。


「し、正直…すぐにでも協力すべきなんだろうね」


 グレッグは周りの顔色を伺いながら言った。


「ですがモーフィアス殿も含めて騎士団の戦力は五人しかいないんですよ ?ひとまず本部に報告して支援を要請するべきでは ?」


 一方でジョージは現状の戦力に不安があるのか、妙に消極的であった。これが普段の任務ならば全員が彼の肩を持ったのだろうが、今回ばかりはそうもいかない。


「だけどジョージ…ここでは通信機は使えない。電報を使うにも駅まで行く必要があるんだ。そこから騎士団本部まで情報を伝えるにはかなりの時間が掛かる。その上、今の状態じゃどこも手一杯…最悪、要請自体を断られてしまうかもしれない」

「グレッグの言う通りだ。俺達でどうにかしないといけない」


 グレッグは支援には期待できない事を悟っていたのか、理由も含めて彼に話す。クリスもそれに続き、踏ん張るしかないと精神論ではあったが彼を諭した。


「問題ありませんよジョージ。あなたも我々も、泣く子さえ黙らせる騎士なんです。それにここにいる魔術師達の数も伊達ではない…きっと何とかなりますよ」


 それでも不安げに俯いているジョージを、同期のよしみかアンディは優しく背中を擦って励ました。初陣にしては想像以上の激務になる事が予測できたが、ジョージは唇を少し噛み締めた後に首を縦に振って覚悟を決めた事を周りに伝えた。


「ジョージ、ありがとう…すぐサオスエル殿に伝えてくるよ」


 グレッグも新人でありながらよく決意してくれたとジョージに礼を言ってから、すぐにヴァインの元へと足を運んでいく。その後ろから重そうな足取りでついて行くジョージを見たクリスは、少しで早足で近づいてから「こっちを見ろ」と言って彼の肩を叩いた。


「腹を括ったか…良い顔付きになったな。だけど無茶をするんじゃないぞ。何かあったらすぐに頼れ、分かったか ?」

「…はい !」


 クリスからの激励で杞憂さが和らいだのか、気を引き締めた凛々しい表情でジョージは返事をした。それを確認したクリスは、再び彼の肩を強く叩いてからそそくさとその場を去って行った。その後ろ姿をぼんやり眺めていたジョージだったが、やがてレグルとアンディが微笑みながら自分の傍らに立ってくれている事に気づく。


「あなた方二人が、あの人の事を悪く言わない理由…少し分かった気がします」


 そう言ってジョージは自らの顔を軽く叩いて気合を入れ直すと、威勢を取り戻した様に力強く歩き出した。

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