第80話 おまえはだれだ

「この度、騎士として新しく加入する事になるジョージ・クロフトとアンディ・マルガレータ・コーマックだ」


 騎士専用の談話室にて、アルフレッドの口から二人の新入りが紹介されるとそれぞれが自己紹介をしてクリス達に一礼をする。デルシンを始めとした比較的人当たりの良い者達は彼らと打ち解けようと話しかけていたが、クリスはイゾウに引っ張られて部屋の隅に連れてこられていた。


「…あれはどういうつもりだ ?」

「知るか、本人に直接聞け」


 イゾウは、今に始まった事では無いが敵対関係にあったはずの人物が職場の同僚となる現実を受け止めきれないでいた。普段の刺々しさは鳴りを潜め、珍しく動揺を隠さずに話しかけて来た彼にクリスは知った事ではないと言い返す。


「しっかし、吸血鬼ってのは本当か ?何だか思っていたのとだいぶ違うんだな…」

「混血ですから。恐らく純血とはかなり違うのだと思います」

「じゃあ、ニンニクや日光がダメっていうのは ?」

「問題ありません。厳密には――」


 物珍しさからアンディへと様々な質問をぶつけてみるデルシンとメリッサを横目に、シェリルとグレッグはジョージという青年と話をしていた。


「筆記試験がほぼ満点だったって ?凄いじゃないか」

「いえ、これもオールドマン先生やディキンソン殿のご指導とご鞭撻あっての事です」

「何か…照れるね」


 凛々しい顔つきで二人に礼をしながら話すブロンドの好青年は、こちらに気づいたのか軽く会釈をする。挨拶代わりに片手を上げてクリスが答えた直後、アルフレッドから話をしたいと呼びつけれらて部屋を出て行くことになった。去り際に振り返った際、アンディがウィンクしてきたことに寒気を覚えながら部屋を出たクリスは、アルフレッドと共に執務室へ歩いていく。


「騎士という役職は前から非常に離職率が高くてね。待遇は悪くないものの、非常時には真っ先に出動させられ、長期にわたる出張や任務は当たり前なせいで辛さのあまり辞めるか、戦いで死んでしまうんだ…最近は安定してきたがね。人材に恵まれてるよ」

「前科者に用心棒に吸血鬼…おまけに元テロリスト。大半がマトモな経歴を持ってないとは、記者どもが聞いたら涎を垂らして記事にするだろうぜ」


 状況が状況だというのに、妙に満足げな様子でアルフレッドは話す。戦力が増えてくれるという点で言えば願ったり叶ったりなのだろうが、もう少し人材選びは慎重になるべきではないかと思ったクリスは、呆れ気味な口調で皮肉を言った。


 そのまま執務室へと通されたクリスだったが、意外な事にレグルが応接用のソファに腰を掛けていた。


「レグル…!?」

「人手が足りなくて困ってると聞いてな。提案をしに来た」


 二人の姿を確認したレグルは席を立ち、アルフレッドと握手を交わしながら言った。


「ところで魔術師達の説得についてはどのように ?」

「部下や人脈を総動員してはいますが、一筋縄ではいかないでしょう。現状として騎士団とブラザーフッドのどちらが優勢に転ぶか分からない。後々の事を考えれば立場を表明したくないという結論に至る者達ばかりでして…ああ、我々についてはご安心を。恩はちゃんと返すのが流儀でしてね」


 アルフレッドに頼まれて状況の報告をするレグルだったが、やはり良いと言えるものではなさそうだった。アルフレッドも考え込むように髭を触りながら険しい顔をしている。その時、レグルはクリスを見てニヤリと笑ってから話を再開した。


「しかし、そちらにあらせられるクリス・ガーランド殿の出方次第では説得できそうな勢力が存在します。農耕地や鉱山、採掘場の奪還をするには十分な人材が集まるかと」

「おい、まさか…」


 頼みの綱があると伝えたレグルの言葉に、クリスは心当たりがあるのか顔をしかめた。


「山脈を根城としてる”守り人”たちに協力を仰ぐのです」

「却下だ。やるとしても俺は行かんぞ」


 レグルの提案を間髪入れずにクリスは断る。何か理由があるらしかったが、非常に面倒くさそうな様子であった。レグルは食い下がるわけでもなく、一度だけアルフレッドを見てから二人一斉に肩を竦めた。


「モーフィアス殿、君が言った通りの返事が返って来たな」

「そうでしょう。だから断れない状況作りが大切だったのです」

「え ?」


 意味深な会話を繰り広げる二人にクリスが食いついた直後、部屋に兵士が入ってきてグレッグ、ジョージ、アンディの三名を連れてきたことを報告した。


「よく来てくれた。本当ならば歓迎会でも開きたいところだが、残念な事に緊迫した状況が続いている。そこでいきなりだが、君たちには早速任務へ出向いてもらう事になった。オールドマン、そしてガーランドと共にな」


 クリスの反応はお構いなしに、アルフレッドはジョージとアンディに指令を伝える。


「了解です。お二人の足を引っ張る事が無いよう頑張らせていただきます」

「分かりました !クリスさん…そしてオールドマン先生、よろしくお願いします !」


 新人である二人が張り切りながら返事をしてくれたおかげで、尚更断れなくなってしまった事をクリスは分からせられてしまい、いたずらっ気のある顔で笑うレグルへこっそり中指を立てて見せた。


「俺も一緒について行くからよ。なあに、たぶん殺されはしねえさ…色男さん」

「お前いつか倍にして返してやるからな」


 揶揄いながら動向を申し出るレグルに、クリスは若干殺意を込めながら言い返して装備を整えるために研究室へ向かって行った。




 ————研究室兼工房へ訪れた一同はマーシェを始めとした研究開発班から手厚くもてなされた後に装備を各自渡された。


「アンディ君だね。要望通りの暗器に補給用の血液パック…本当にこれだけで良いのかい ?」

「ええ、これだけ揃えていただければ十分でしょう。感謝します」

「そうか…何か必要だったらすぐに言ってくれよ。あっという間に用意してみせる」


 装備を受け取りながら礼を言うアンディに対して、少し物足りなさそうな様子のビリーだったが気を取り直して自分を売り込む。そしてジョージを見ながら、嬉しそうな顔をして用意していた得物を取り出した。


「そして、久々の大仕事だったから張り切っちゃったよ。一応は注文通りに作ったつもりだ。一見頑丈そうな長尺の鉄棒だが…両端の先端は尖らせているから刺突にも使えるし…こうやってスイッチを押せば…三節棍にも変形させられる」

「凄い…文句のつけようがありません… !」


 新しい装備の使用方法を軽く説明してからビリーが渡すと、ジョージは軽く演舞を交えつつ試用して具合を確かめる。その完成度の高さと見事に作り上げたビリーの腕を褒め称えながら、引き続き手に馴染ませようと振るい続けていた。


「ん~、中々期待できそうな新人さんたちねえ。特にあの吸血鬼の子…調べてみたいわぁ」

「やめとけ…実験台は俺一人で良いだろ」


 そのまま銃火器や薬類の説明を受ける二人を眺めていたマーシェは、興味深そうに観察を続けてから縁起でも無い事を口走っていたが、すぐにクリスはそれを窘めた。


「ちぇっ…分かってるわよ。最強の生物づくりは諦めて、騎士団を最強の組織に仕立て上げる事で私の優秀さを知らしめてやる。そのためにはどんな事でもしてやりたいけど…我慢しておくわね、ひとまず」


 実験に使用したらしい道具の整理を続けながら、マーシェは新しく定めた野望をのたまった。どうでも良さそうに彼女を見ていたクリスだったが、不意に彼女が近寄ってきて彼の隣に座る。


「あなたの体について調べていたら、新しい事実が分かったんだけど知りたいかしら ?」


先程までのお気楽そうな雰囲気から一転、マーシェは真剣そうな顔つきでクリスに言い寄って来た。


「ああ」


 二つ返事でクリスは答えた。本当は知らない方が幸せでいられる真実が隠されているのではと一瞬疑ったが、とにかく自分が何者なのかを彼は知りたかったのである。


「よろしい。あなたの体にある遺伝子について、私が現存するどの生物にも該当しないって言ってたのを覚えているかしら ?そんな事あるものなのかってもっと詳しく調べてみたの…最新式の顕微鏡やらを使ってね。そしたら…いや~怖くなってきた。何だか、到達しちゃいけない領域に踏み込もうとしている背徳感というか…」

「…要点を言ってくれ」

「あなたの体を構成している遺伝子、染色体、細胞…全てがあまりにもいびつなの。分かりやすく言うなら、ありとあらゆる人種や生物の要素が含有がんゆうされていた。どの生物とも合致しないんじゃない…すべてが複雑に混ざりすぎているせいで、新種の細胞や遺伝子配列に見えたから気が付かなかったのよ」


 彼女の語る新事実は正直な所、現実味が無さ過ぎてクリスも理解が追い付かなかった。少なくとも自分の体が明らかに異常であるという点は分かったが、そこから先を考える余裕はなくなっていたのである。


「あなたの言っていた”闇”に似た物質が体内のあちこちにあって、そこから細胞やらを生み出している事も再生能力に関する実験の資料と照らし合わせて判明した…いや、生み出しているというよりは……悪いわね。私もまだちょっと完全に整理できてないみたい」


 中々言い表せないのか、少しだけ髪をかき上げてからマーシェは謝った。一体彼女は何を見たのか、少しだけ自分の体が持つ秘密に対して底知れぬ不気味さを感じながら、クリスは他の面々の用事が終わるのを待ち続けた。

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