第66話 身の程知らず

「ねえ、ちょっと !?ハァ~…ったく」

「ど、どうします ?応援に――」

「平気よ。遭遇したのがあいつだなんて、寧ろ敵に同情するわ」


 一方的に通信を切られて呆れるメリッサだったが、カルロスの提案に対しては必要無いとすぐに答えて襲撃した犯人を憐れんだ。軽口などでは断じてない。これまで同行した任務先で見た彼の超人的な身体能力は勿論、本部の前に積まれていた大量の死体や病院へ運ばれる暴徒達を見た結果である。最早彼を評価するにあたっては人間を基準としていなかった。


「それより近くに怪しい動きがあるって言ってたわね。とりあえず周囲を調べて…」

「いえ…その必要は無いみたいです」


 ここはクリスの言っていた情報を頼りに、建物の捜索を続けようと考えていた時だった。新兵の一人が何かに気づきながら言うと、廊下のはるか先を指差す。執務室だろうか、良くは分からないが黒塗りの頑丈そうなドアを開けて白髪の男が出て来た。腰に携えた二本の刀を抜いた直後、こちらの様子に気づいたらしく横目で確認する。


「例の賞金首かと思えば…ハズレだったか」

「…あ ?」


 白髪の男の落胆した様な声を聞いたメリッサが凄んだ。ハズレ扱いが癪に障ったらしい。新兵達は多少まごついたものの、すぐにライフルを構えて射撃体勢に入る。


「そこを動くな !」


 カルロスが叫んだ。すぐにでも撃てるらしく、一度だけメリッサの方を見て合図をする。


「…剣じゃ銃には勝てない。一般的な常識だが、実は例外がある」


 そう言って忠告を無視しながら白髪の男は歩き出した。もう我慢できないと新兵達は引き金を引いて銃弾を放つが、なんと取り出した二本の刀で彼は銃撃を防いだ。厳密に言えば、弾丸に刀身を掠らせて軌道を反らしたというのが正解であったが。


「手の内が読みやすい、銃ってのは。手先や銃口の向き、目線の方向で大体どの辺りへ弾が来るか分かってしまう。おまけにこの何も無い空間じゃ確実に俺の体を狙って来るだろう。頭を狙うという方法もあるが、慣れてない手つきや声の張り方からして新米…そうなれば尚更外すのを恐れる。故に胴体へ撃ち込んでくる確率が一番高い。おまけに使用してるのは銃身の長いライフル。拳銃以上にどこへ向いてるのか予測が簡単だ。それさえ分かればこうして…少し弾丸に当てるだけで被弾を防げてしまう。東洋に伝わる”矢道反やどうぞらし”という技術の応用…大半は会得する前に死んじまうがな」


 ご丁寧に説明してくるのは自信の表れか、それとも嘗め腐っているのか分からない。少なくともこちらを取るにも足らない相手だと判断しているのは確かであった。まるで出来て当然というように弾丸を防ぎながら淡々と歩みを進める白髪の男に対してカルロス達は撃つ手を止めてしまいそうな程に戦慄した。


「…下がって、私がやる」


 リロードにもたつく新兵達を下がらせてメリッサはサーベルを抜刀した。彼らの前に立つ直前、「隙があれば私に構わず撃って」とだけ囁いてから白髪の男の前に立ちはだかる。


「サシをご所望か。なら礼儀として名乗っておこう。”ゲンサイ・イケダ”…せいぜい覚えておくといい」


 白髪の男は望むところだと名乗りを上げる。メリッサは汗が頬を伝うのを感じながらも、拭う事はせずに殺気立った佇まいで彼と相まみえる。




 ――――その頃、クリスは一方的ではあるが銃撃戦を展開し続けていた。


「どこ行きやがったあの女…」


 相手側からの反撃が来なくなり、拳銃を構えながら探してみるが彼女の姿が無い。あるのは脱ぎ捨てられた靴と上着だけだった。気配を探った瞬間、こちらへ飛び掛かって来る殺気が頭上からする事を感じ取る。彼女は、壁に張り付いて様子を窺っていたのである。


「しまった !」


 振り向きざまに拳銃を向けようとするが、蹴りで払いのけられた。そのままもつれ合いながら押し倒されてしまい、クリスは慌てて瞬間移動で距離を取る。拳銃のうち一丁は床に転がり、もう一方はホルスターに収まったままであった。抜いて構える暇はない。


「新手のファッションか ?俺よりセンス無いぜ」


 拳を握りながら揶揄ったクリスの目の前には、上着を脱ぎ捨てて異様な様を露にするリュドミーラがいた。筋骨の逞しさは勿論だが、特筆すべきはその両腕と足である。爬虫類の思わせる鉤爪を持つ腕は、鱗に覆われて艶めかしく輝いていた。足についても同じく、人間とは思えない代物と化している。肩との接合部分から、クリスはバネ足ジャックと同じくキメラに関する移植技術が使われていることを悟った。


「最近になって出回った人を超越する力の結晶だ。どれほど待ち侘びたか…こうして貴様と相まみえる日を…」

「望みが叶って良かったな。ところで誰だお前 ?」


 憎悪と切望を顔に見せながら語るリュドミーラに対して、クリスは祝福すると同時に聞き返した。彼女は若干表情をこわばらせながらこちらを睨んでいる。


「賊として暮らしていた我が一族のもとに貴様が現れたあの日…家族を失い、片目を失った屈辱は今でも五体に焼き付いている」

「だから誰だって聞いてるんだよ」


 自分語りを始める彼女に、クリスは面倒臭そうに再度尋ねた。本当に自分の事が脳裏の片隅にも無いという事を分からされたリュドミーラは、呆然とした顔でこちらを見ている。


「忘れたとは言わせん!!我がスターリック一族が滅ぼされたあの日の惨劇を !貴様だけは楽に死なせんぞ !」


 スターリックという苗字によってクリスはようやく思い出す。今から二十年ほど前、賊によって根城にされて困っているという話を聞きつけ、手柄欲しさに山もろとも賊を滅ぼした事があった。


「貴様のために、父と母は岩の矢によって串刺しにされ…兄弟たちは皆焼け死んだ!!人の皮を被った鬼畜め !」

「逆恨みかよ。略奪なんかしなきゃ無様に死ぬ事も無かったってのに」

「黙れ !それ以外に生きる道が無かった我らの気持ちなど !お前の様な強者として生まれた者には永遠に分かるまい !」


 恨みつらみを語るリュドミーラをクリスは馬鹿にしたが、彼女は反論するように激昂した。クリスは乾いた笑いで彼女を同様させ、さらに口を開く。


「強者として生まれずとも懸命に生きている奴らがいるだろう。彼らの様に現実へ立ち向かう事もせずに逃げた負け犬がお前らだった。間違いがあるか ?」

「くっ…貴様もさっきの兵士共と同じように八つ裂きにしてやる !この肉体でな !」


 どう言い訳しようがお前が悪いのだとクリスはさらに煽った。昔から敵を口頭で挑発する悪い癖があったが、それだけは痛い目にあった今になっても治らない。リュドミーラは案の定、彼へ飛び掛かって強烈な脚力による蹴りを見舞った。ガントレットで防ぐが衝撃で後ろへ後ずさりしてしまったクリスは、余計な技術を生み出したマーシェの事を根に持ちながらもリュドミーラを叩きのめす事に集中した。

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