第11話 淡泊すぎる決別

 現場に一足先に到着したクリスは、拳銃を抜いてから建物の陰に隠れて周囲の様子を観察する。主に水と土属性の魔術師で構成された集団は、手当たり次第に暴れているといった印象であり、犠牲を増やさないようにするためにも悠長にはしていられなかった。


 建物や馬車などの陰を利用して進んで行っている最中、一人の魔術師が目と鼻の先にある商店に入り込んでいる瞬間を目撃してしまう。強盗か或いはそれ以外の目的か、いずれにせよ中にいる者は無事では済まないだろうと直感で感じ取ったクリスは、建物の窓に近づいて慎重に様子を窺った。


「や、やめてくれ!…頼む!欲しい物はやるから!」


 店主は娘達を背後に隠しながら指で商品やらを指し示していたが、魔術師はそんなものはいらないと攻撃を行おうとする。手を構えようとした直後、窓を突き破ってから店内に入り込んだクリスによって頭を強烈に射貫かれた。魂が抜けた様に崩れ落ちる魔術師を前にして悲鳴を上げそうになっていた店主だったが、クリスの外套を見て騎士団だと判別したらしく、一礼をした後に娘達と裏口から逃げて行った。


「堂々と行った方が良いらしいな」


 下手に隠れてしまえば標的が他に移ってしまうと考えたクリスは、そう言ってから両手に拳銃を持ち、店の入り口からわざと音を立てて出ていく。先程の銃声で異常に気付いたらしい魔術師達と目が合い、緊張による静寂が僅かに訪れた。


 魔術師の一人が動き出そうとした直後、クリスはいち早く反応して銃を構えて撃った。弾丸が掠った魔術師を始めとしてすぐに迎撃が始まり、大量の砂や石、そして水を凍らせたことによって作ったらしい氷柱が襲い掛かって来る。どうやら水を凍らせる事が出来る点から上級魔術師がいる可能性があると推測しつつも、クリスは攻撃を凌ぐために路地へと身を隠した。


 クリスが迫りくる敵に向かって銃を撃ち続けていた時、屋根の上を飛び移りながらグレッグは現場へと向かっていた。既に肉体強化剤を投与しており、軽快な様子で跳躍しながら、グレッグは戦場となっている大通りへ辿り着くと、人目に付かない路地裏へ着地した。ふうと溜息をついてから、すぐに大鎌を取り出す。両刃式の長い柄が特徴的な得物であった。


 銃撃に気を取られていた魔術師達は、背後から尋常ではない脚力で接近しているグレッグの不意打ちを許してしまい、一人の下級魔術師が真っ二つにされてしまった。すぐに魔術師が二人ほど振り向いたが、そんな事はお見通しだとグレッグは携行していた銃身を切り詰めている散弾銃を取り出して二回引き金を引いた。発射と共に飛び散った散弾によって蜂の巣にされた魔術師達は力なく倒れ尽きてしまう。


 銃声に気づいたクリスはグレッグの存在に気づくと、他の魔術師が気を取られている隙に建物の陰から飛び出した。下級魔術師達はグレッグに任せつつ、そこから離れた場所にいる上級魔術師へ向かって弾丸を放ちつづける。操っていた水の塊を瞬時に凍らせて氷の壁を作った上級魔術師は、弾丸を辛うじて防ごうとしたが完璧に防ぎきる事は出来なかった。


 何発かが掠りそうになり肝を冷やしていた彼に対して、クリスは武器を持ち換えてブラスナックルで挑みかかろうとする。氷によって生成された剣を腕に纏った上級魔術師は、周囲から水を集めつつ上空に固定すると、次々と水柱を発生させて上から叩きつけるようにクリスへ襲い掛からせる。クリスは躱しつつも間合いを取り続けて彼に殴りかかるが、氷の剣で応戦される。わざわざ手を使わずとも水を操作出来る辺り、かなりの練度である事が窺えた。


 拳と剣の応酬の最中、上級魔術師は氷の剣をブラスナックルで砕かれてしまう。しかし、そのままクリスの腕を掴んで瞬時に凍らせた。


「…捉えたぜ!」


 掴んだ瞬間に上級魔術師が勝ち誇ったように叫んだ。このまま体を凍らせる事も可能だという事を知っていたクリスにとって、呑気にしている状況では無かった。肉体の氷結が肩に到達する前に、クリスはあろうことか凍っている腕を殴り壊して無理やり体を引き離すと、呆気に取られていた上級魔術師を蹴り飛ばした。服を破損させることに対する抵抗も僅かばかり残っていたが、動けなくなるよりはマシである。


 クリスは怯んだ上級魔術師に残った左腕だけで立ち向かい、豪快に殴り飛ばすと最後には拳銃を取り出してトドメを刺した。グレッグの方もどうやら終わったらしく、大鎌を振って刃に付いた血を振り落として背負い直している。辺りには魔術師達だった物が転がっていた。


「それで最後か」

「う、うん…」


 グレッグに対して関心しつつ、クリスは周囲に気を配りながら言った。戦闘中とは打って変わって、グレッグも普段の穏やかそうな気性を垣間見せながら彼に答える。だがクリスはどこかから強く、それでいて懐かしい気配を感じ取ったらしく、気配がする方を見ると喫茶店からやけに満足そうな顔をしたネロが姿を現した。


「全然衰えてない」


 そう言いながらのんびりとした様子で背伸びをして、ゆっくりとした歩調で外へ出て来るネロに対して、グレッグは弾を込め直した散弾銃を構えて牽制しようとする。ところが、気が付けば標的であるネロは瞬時に空中へ移動をしており、回し蹴りを彼の頭に叩き込もうとしていた。グレッグがマズいと悟った瞬間、クリスが割って入りそれを防ぐ。


「もしかしてと思ったけど…やっぱり、それはまだ使えたんだ」


 着地をしたネロは心底驚いたようにしてクリスを見ながら言った。グレッグはいきなり自分の付近にまで接近していたネロと、これまたどうやったのか分からないが瞬時に移動して割り込んできたクリスに困惑しながら二人を見ていた。


「グレッグ。少し下がってろ」


 いつも以上に険しい顔をするクリスに言われるがまま、グレッグは銃を握りしめたまま睨み合う二人を窺った。


「”闇”は、他の魔法とは違う。因子の投与によって使用できるものではない…故に力が失われることも無い。何ならお前の方が良く知っているだろ?お前に比べれば俺が扱える”闇”の力なんて吹けば飛ぶ存在だ」


 クリスが言うと、ネロは少し笑った。


「もう少し優しい顔をしないか?旧友との再会だってのに」

「旧友?ぽっと出の叩き上げだったお前と俺が、いつそんな関係を持ったんだ?」

「いや、友達…或いは同類だよ。俺とアンタは…まあいいや。今日はもう帰る。ただ挨拶に来ただけだから。今後は敵同士って事でよろしく」


 ネロは友人として接しようとしたが、当の本人からの反応は冷たい物だった。肩を竦めながら自分が訪れた目的を告げながら帰ろうとする。クリスは背を向けた彼に向かって銃を撃つが、すぐに出現した濃い靄によって阻まれた。弾丸は消失し、何事も無かったかのようにネロはこちらを振り向く。


「そういうのは良くないなあ」


 得意気にネロは笑った。


「挨拶だけならお前一人で良かっただろ。なぜわざわざ魔術師達を暴れさせた?」

「君が騎士団に寝返った事で、魔術師の界隈にも混乱が訪れそうだったんだ。君の様に寝返る奴らが増えたら色々とたまったもんじゃない。要は決意表明も兼ねて魔術師達に釘を刺したんだ。後戻りや、和解なんて事は考えるなってね」


 クリスは腑に落ちなかった彼らの行動を問いただすと、不敵な笑みを浮かべるネロの口からは宣戦布告とも取れる返答が出てきた。それを最後に「それじゃあ」と言い残してネロは黒い靄とともにその場から消え失せてしまう。


 ふと自分の右腕が無くなったままだったのを思い出したクリスは、すぐに再生をさせて元通りにする。袖丈の無くなった服から出ている右腕の様子を少し見た後にグレッグに目をやると、不安そうな表情でこちらを見ていた。


「色々、聞きたい事があるだろうが…ひとまずは戻るか?」

「そ、そうだね」


 クリスとグレッグは本部に戻ることを決めると、後から到着した兵士達に状況を説明して現場を任せる。そしてやや急ぎ足気味に本部へと向かった。

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