ぬ
学び舎に子供達の元気な声が響く毎日を過ごす一方、その日は着々と近づく。以之梅の宝探しも順調に終わりに近づいていたが、隼人の出立の日には間に合わず、とうとうその日を迎えてしまった。
普段座学で使っている部屋に集められた子供達は、宝探しを今日からしばらくの間中止するということよりも、左近に続き隼人まで任務に出るということに気落ちしていた。
「せんせいも、にんむにいかれるんですか?」
「あぁ、悪いな。帰ったらまた続きやるからな」
「そのころには、さこんせんせいもおかえりになられますか?」
「あぁ。たぶん一緒だな」
帰りが一緒も何も、同じ場所へ同じ目的のための遠出である。
しかし、もちろんそんな事を子供達に聞かせるはずもない。
隼人は笑ってうまく誤魔化した。
「なら、はやくおふたりでかえってきてくださいね!」
「ぼくたち、まいにちおいのりしておきます」
「そうか。なら、俺もお前達がしっかり勉強していることを祈っておくよ」
「う、うへぇ」
「だんじせんせぇ。いっぱいは、いっぱいはむりですよぉ?」
宝探しの時も一人、追加で苦手克服を課された小太朗が団次にすがりつく。
そんな小太朗の頭を撫でてやりながら、団次はにこりと笑った。
「大丈夫。いっぱいはやりませんよ」
「はぁー」
「よかったぁ」
子供達も口々に安堵の声を漏らす。
しかし、甘い。彼らが考えているような‟いっぱい”と団次が思う‟いっぱい”と同じなわけがない。だが、これもいい経験だと、あえてそこを指摘してやらないのが隼人だ。
その隼人を迎えに来て、部屋の戸に背をもたれかけて立っている伊織も、少々可哀想なものを見る目で子供達を見下ろしている。
その視線に気づいた宗右衛門が、伊織の方を見上げた。
「いおりせんせいも、おきをつけて」
「あぁ。団次先輩、こいつらのこと、頼みます」
「えぇ。安心して役目を果たしてきなさい」
部屋を出る前にかけられた言葉に、二人は振り返り。
「「はい」」
口元に
持っていく荷物をとりに、二人は長屋の部屋へ一度戻った。
隼人は部屋の中に入ると、文机の上に置いていた風呂敷を肩から回して身体に結びつけ、横においていた文を手に取った。そして文机の引き出しを開け、中央に置く。
すぐ傍にある左近の文机の引き出しにも、そして、先に出立した皆の文机の引き出しにも同じように入っていることだろう。
この文には、ここに戻ってくることができなくなった時――つまり、何らかの失態をおかして命を落とした時、荷物などの始末のつけ方や仲間達への言葉が書かれている。隼人は子飼いの生物達のこともあるので、他の皆よりはだいぶ長くなった。
そのまま引き出しを閉め、すっと立ち上がる。
廊下に出て部屋の戸を閉めると、丁度伊織も部屋から出てきた。
門に向かって二人で歩いていると、食堂が見えてきた。そこで隼人はぴたりと足を止めた。
「なぁ、伊織」
「なんだ?」
「万が一の時の文は当然として、会っておかなくていいのか?」
「は? 誰に」
「誰って……なぁ、
今回連れいていくと決め、
伊織は
「見ているこっちがやきもきさせられちまう」
「はあぁ?」
「
段々と険しい顔つきになってきた伊織をよそに、隼人は再び鷹達を手の上に乗せ、一羽ずつ空へと帰した。
そのまま食堂の方へと歩いて行く隼人に、伊織が後ろから声をかけた。
「おい、こら。さっきから何を訳の分からんことを」
「今日、あいつ、丁度里の方に用があるらしいから、一緒に連れていくぞー」
「おい!」
まったく自分の話を聞く素振りを見せない隼人に、伊織が声を荒げる。
すると、
「伊織? 隼人も。どうしたの?」
「俺達も今日から任務に出るから、里まで送ってってやろうと思って」
「ほんとう? ありがとう。道中一人だと話し相手がいなくて
「そりゃ良かった」
「ちょっと待っててね。今、準備するから」
「おー」
「……」
奥の勝手口から入っていく菊を見送る二人の表情は、見事に真逆のものである。
そう待たずに菊は身支度を整え、二人の元に戻ってきた。
「お待たせ」
「んじゃ、行くか」
「伊織? どうしたの? なんか不機嫌そう」
「いや、なんでもない」
ここに来てようやく隼人の言いたいことが分かった伊織は、仕掛け人である隼人を睨むだけでなく、己の察しの悪さにも嫌気がさしていた。
菊にはなんでもないと言う口の傍ら、隼人の足の右ふくらはぎを、菊に悟られない程度に蹴飛ばす。
隼人はといえば、してやったりとぺろりと舌を出していた。
三人の山道道中が始まって、しばらく取り留めもない話をしていると、菊があっと声をあげた。
「そういえば、いつのまにか皆任務に出てるのよね。伊織と与一、ちゃんと好き嫌いせずに食事とってるかしら」
「んー。まぁ、任務に支障が出ない程度には食べてるんじゃないか?」
「だといいけど」
元々食が細い左近と、偏食の気がある与一。二人が一緒に出立したことは菊も知っている。学び舎と、時々八咫烏の館の‟食”を預かる身としては、当然の心配である。
とはいえ、今までも長く空けていたのだから、それなりにちゃんとしていると思う。いや、思いたい。
菊はふっと笑い、気を取り直した。
「ところで、二人はいつ帰る予定? 好物を用意して待ってるから」
「おー。それはありがたいな」
「今回はそう長くはないと思う。長くても一週間で戻る」
「そう。隼人も?」
「あぁ」
里と学び舎の中間辺りにある館を通り過ぎようとした時、庭で隼人達よりも下の代である男が剣術の稽古をしていた。それが隼人達の目にも入る。
そして、隼人がその場に立ち止まること、数瞬。その次の瞬間には、青年の方へ駆け出していた。
驚く伊織と菊の方を振り返り、にかりと笑う。
「俺、置いてく奴らの様子見がてら世話を頼んでくるから、先に行っといてくれ。里の入り口でまた待ち合わせな。じゃっ」
「あ、隼人!」
間髪いれずまくし立て、逃げる素振りを一瞬見せた青年と肩を組んだ隼人は、小屋の方へと消えていった。
残った二人は、どちらからともなく目を合わせた。
「……翁に出立の挨拶もあるし、お前の用もあるだろうから先に行くか」
「え? あ、うん。そうね」
二人は踵を返し、再び石段を下りて行く。
そして、それを館の塀の上から隠れて覗いている者が二人。
「……はぁ。俺ってほんと気苦労絶えねぇなぁ」
「むしろ先輩の方から抱え込みに行ってる気が」
「なんか言ったか? 庄八郎」
「いえ、なにも」
「お前も剣術で伊織の世話になってんだから、協力しろ」
「そりゃまぁ、もちろんいいですけど」
にこりと笑う隼人に見事掴まり、黙れと言われて何の説明もなく塀の上に登らされた青年――庄八郎であったが、二人の後ろ姿を見て一瞬で状況を理解した。
そういうことであれば、全面協力も惜しまない所存である。
「あの二人、くっつきますかねぇ?」
「……さぁなぁ」
同じ代の友と比べ、色恋沙汰に
隼人と庄八郎は塀に
隼人を追いかけて飛ぶ瑞葉と羽角の、その見た目からは想像がつかない可愛らしい鳴き声が、春の山一帯に響き渡っていった。
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