後日談①

 俺こと佐藤悠斗は、あの後、全ての事柄を影分身に任せると、元の世界から異世界ウェークへ帰ってきていた。

 一ヶ月が過ぎた頃、神妙な表情を浮かべた屋敷神が執務室に入ってくる。


「悠斗様、少々、お時間を頂いてもよろしいでしょうか? 神興会の教祖様の件でご報告が……」

「神興会の教祖様の件で?」

「はい」


 一体、なんだろう?


 書類仕事を中断して屋敷神のいう事に耳を傾ける。


「実は教祖様が昨夜、神興会から脱走しようと致しまして……」

「へ、へえっ、脱走しようとしたんだ……」


 それはまた……。

 さぞかしストレスが溜まっていたのだろう。

 逃げ出したくなる気持ちはよくわかる。


 教祖様に対し憐憫の情を抱いていると、屋敷神がため息を吐いた。


「今回で三度目の脱走となります。私が近くにいた為、未然に防ぐ事ができました。しかし、悠斗様の眷属である為、下手な神では太刀打ちできません」

「そ、そうなんだ……」


 教祖様に力を与えたつもりなんて全くないんだけど……。まあいいか。


「えっと、いっその事、もう教祖様を解放してあげたらどうかな? 三度脱走する位だし、教祖様も相当ストレスが溜まっていると思うんだよね?」


 既に神興会は億を超す信者数となっている。

 教祖様もかなり重責を感じている筈だ。


「それはなりません。既に神興会は教祖様のカリスマ性なしには回らなくなっております」

「でも、教祖様は人間だからさ。流石に可哀想だよ。教祖様は月に何日休んでもらっているの?」

「そうですね。週に一度。月換算で四度ほど休息日を設定しております」

「し、週に一度!?」


 た、たったそれだけ!?


「ええ、財前氏よりアドバイスを頂きまして、なんでも日本で教祖は労働基準法上の管理監督者にあたる為、問題ないと……」

「ざ、財前さんまでそんな事をっ!?」

「はい。なんでも、財前氏が若い頃には休みなしで働いたものだと……」

「ざ、財前さん……」


 法律上問題なくても、休みが週一じゃ相当なストレスが溜まる筈だ。

 教祖様は今、神興会の教えを広める為、全世界を飛び回っている。

 脱走したくなる気持ちもよくわかる。


「せめて週に二日休ませてあげて。できれば、時折、長期休みも……」


 多分、それだけでだいぶ違う筈だ。


「ちなみに教祖様には、どれ位の給料をお支払いしているの?」


 興味本位で聞いてみる。


「そうですね。確か月当たり十億円程でしょうか?」

「じ、十億円っ!?」


 円換算すると凄い金額だ。


「ええ、確かその位の給金を支払っていたかと……。悠斗様の信仰者を増やし、億を超える信者を纏めているのです。本来であれば、もっと多くお支払いするべきとは思いますが、教祖様には、その金額で納得頂いております」

「そ、そうなんだ……」


 十億円あれば普通に不自由なく暮らせそうだ。

 もしかして、教祖様。脱走じゃなくて本気で神興会を捨てて逃走しようとしたんじゃ……。


「…………」


 ……いや、これ以上考えるのは止めておこう。

 屋敷神に知れたら事だ。


「……悠斗様。何か気になる事でもあるのですか?」

「!? い、いや、別に何もないよ。今、教祖様が何をやっているのか気になっただけで……」

「そうでしたか……。そういえば、その報告がまだでしたね」


 そう言うと、屋敷神は俺の目の前に数枚の報告書を置く。


「最近になって、少々、気になる動きが……」

「き、気になる動き?」

「ええ、どうやら教祖様は今、自分の後継者として相応しい人物を探しておいでの様なのです」

「ええっ!?」


 自分の後継者って……。

 十億円貰って完全に神興会の教祖様から撤退する準備に入ってるじゃん!


 報告書に目を通すと、そこには、見覚えのある名前があった。


『佐藤御子』に『佐藤尊』。

 俺の母さんと海外に単身赴任中の父さんの名前である。


 なんで母さんと父さんの名前が?


 屋敷神に視線を向けると、屋敷神は静かに頷いた。


「教祖様は週に一度の休みの日。後継者探しをしております。現段階で有力な候補は悠斗様の母君と父君です。私自身、教祖様の慧眼に脱帽致しました。私とした事が、何故、悠斗様と母君と父君の存在に気付かなかったのかと……」


「……やっぱり、教祖様には、働いていて貰おう。週一で休んで貰うより、月に二度休んで貰う方がより神興会の教義を広める事ができると思うんだ。大丈夫。教祖様は俺の眷属。もはや普通の人じゃない。神に準ずる方だ。後、給料も今の月十億円から年十億円に下げよう。十分、人生を謳歌できる給料が貰えるからこそ、神興会から脱走するんだ。教祖様も神興会の教義を拡げたくて神興会を立ち上げた筈。だから……」


 口早にそう言うと、屋敷神が口を挟んでくる。


「……悠斗様。先ほどと、言っている事が逆になっておりますが、よろしいのですか?」


 屋敷神の問いかけに俺は、毅然とした態度で答える。


「うん。勿論だよ。俺は間違っていた。さっきまでの発言は取り消すよ。それと、俺の母さんと父さんだけど、あの人達は良くも悪くも会社員。神興会の教祖に相応しいのは、やはり、現教祖である伊藤教祖様だと思うんだ。教祖とは、神興会の創唱者にして代表的指導者。今、あの方を失う訳にはいかない」


 ぶっちゃけ、母さんと父さんが神興会の教祖なんて冗談じゃない。

 教祖様には悪いけど、先に、俺の母さんと父さんを巻き込もうとしたのは教祖様だ。


 屋敷神に対し、詭弁に詭弁を重ねていく。


「……そうですね。悠斗様の仰る通りです。教祖様には、今一度、神興会の為に頑張って貰う事に致しましょう」


 最後には、屋敷神もわかってくれたようだ。

 屋敷神の言葉に俺は胸をなでおろした。

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