全てを悟った教祖様

 東京国際フォーラムで『御神体供養』の儀を終えた私はグッタリとした表情を浮かべていた。


 まさか、まさかあの悠斗君が神様だったなんて……。

 しかも屋敷神まで……。


 どこか捉え所のない人だとは思っていたけど、まさかの神。


 しかも、私が想像している神様とは百八十度違っていた。

 神様ってもっと神々しいものじゃなかったの??


 甲斐甲斐しく働く神様って何?

 そして、あなた達は誰?


 あれは『御神体供養』の儀が終わってすぐの事、屋敷神が案内してくれた場所。

 そこには、多くの浮浪者が……。いや、神様がいた。


「おお、あんたが神興会の教祖様か。ワシは……」

「いえ、自己紹介は結構です」


 屋敷神はピシャリとそう言うと、私に視線を向けてくる。


「……教祖様。この者達はこの地球に住まう神々。神興会をより大きな宗教法人に統べくお使い下さい」

「えっ? 使う?? 神様達をっ!?」


 見た目はぶっちゃけ浮浪者。

 屋敷神はこの人達をどう使えというのだろうか?


「ええ、掃除に洗濯、買い物に雑用まで二十四時間なんにでもお使い下さい」

「……えっと、この方達は神様なのですよね? そんな使い方して罰が当たったりは……」


 怯え気味にそう言うと、屋敷神は笑顔を浮かべる。


「勿論、その様な事はさせません。悠斗様の信仰心を集める為の邪魔をする神など、塵屑同然。すぐにお申し付け下さい。ああ、その心配は不要でしたね……」

「えっ? それはどういう……」


 意味が解らずそう言うと、屋敷神は私の手の平を指差す。

 手の平に視線を移すと、そこには青と黄色の羽の紋様が浮かんでいる。


「……それは悠斗様の眷属に与えられる紋様です。悠斗様の事を明確に神と認識した為、浮かび上がってきたようですね」

「えっ……。えええっ!?」


 いや、それ全然嬉しくないんですけどぉぉぉぉ!


 困惑とした表情を浮かべ心の中で絶叫を上げる。

 しかし、何を勘違いしたのか屋敷神は私に優しく微笑みかけてきた。


「……そのお気持ちわかります。悠斗様の為に神興会を大きくする事はとても大変な事です。しかし、神を統べる神である悠斗様に仕える事はその苦労に勝る遣り甲斐のある仕事。教祖様もそう思うでしょう?」


 いや、全然、そう思わないんですけど!?

 だって、間違いなくブラックじゃない!

 ブラックな職場じゃない!!


 頭の中で錯乱していると、背後から聞いた事のある声が聞こえてくる。


「はい。そう思いますわ。ねえ、紗良さん」

「ええ、神興会の教えを世界に広める栄誉を賜われるだなんて、とても光栄です。ねえ、佳代子さん」


 背後を振り向くと、そこには、真っ新な修道服を身に纏った佳代子さんと紗良さんがいた。

 二人の目を見ると、完全に邪念が取り払われている。

 いつか神興会を大きくしてビックになってやると言っていた二人とは思えない清々しい位、ピュアな目をしていた。


「か、佳代子さんに紗良さん……」

「あらあら、教祖様。どうしたのです? 随分とお疲れの様に見えますが……」

「佳代子さん。決まっているでしょう? 教祖様は神興会を大きくするために日夜努力されているのですよ。きっと、お疲れなのです。私達も早く神通力を身につけて教祖様のサポートができるよう精進せねばなりませんね」


 い、いや、あんた達、誰っ!?

 本当に佳代子さんに紗良さん!??

 悠斗君に爆弾処理させて自分達は金品を自宅に運ぼうとした佳代子さんに紗良さん!?


 佳代子さんと紗良さんの変貌ぶりに慌てふためいていると、屋敷神から補足が入る。


「この方々は許されざる罪を犯しました。しかし、悠斗様の為に神興会を広めようとしている教祖様の考えに感銘を受けた様でしたので、再々教育を施した上で解放を……。いえ、言葉を間違えました」


 言葉を間違えたって何っ!?

 再々教育って!?

 二人に何、洗脳を施しているのよ。この爺いー!


「とりあえず、二人は本日より教祖様のサポートに入りなさい」

「「はい。屋敷神様」」


 佳代子さんと紗良さんは屋敷神にそう返事をすると、私の背後につく。


「……えっと、屋敷神さん? この二人に何をしたの??」


 そう質問すると屋敷神は言葉を濁す様に呟いた。


「特別な事は何も……。ただ、道徳的教育を施しただけでございます」

「そ、そう……」


 もう何も言うまい。

 佳代子さんも紗良さんも、人が変わったかのように笑ってる。

 その笑顔がなんだか怖いんだけど、これも仕方のない事だ。


 だって目の前にいるのは紛れもない神様なのだから。

 強欲な二人にきっと神様が天罰を下したのだろう。

 そう思う事にした。


「さて、教祖様。悠斗様は本日より少しの間、別の世界へ旅に出ます。あなたはその間、神興会を大きくする事だけを考えなさい。どう教えを広めていくかについては私が考えます」

「え、ええっ……」


 本当に……。本当に神興会の教祖になんかなるんじゃなかった……。

 そんな事を考えながらため息を吐くと、屋敷神が軽く肩を叩く。


「……教祖様。神興会を世界に広める事は大変な苦労を伴うかと思います。しかしご安心下さい。悠斗様はあなたの事を高く評価しております。私もあなたが神興会を世界に広める事ができた暁には、悠斗様になんでも一つだけ願いを叶えて頂ける様、進言するつもりです。悠斗様は、神を統べる神ですから、その時にはお好きな願いをお申し出下さい」

「ええっ……」


 神が願いを叶えてくれるとしたら、私はきっとこう言うだろう。


『私をFIRE(経済的自立と早期リタイア)させてくれと』


 流されるまま成ってしまった教祖様はもう二度とご免である。

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