凋落の一途を辿る顕蓮会②

 ここは顕蓮会の本部にある黒の社。

 そこでは、顕蓮会を仮宿にしている広域暴力団『顕蓮組』の組長、汚澤傲慢が葉巻を咥えながら、刀を磨いていた。


「おい。誰かいねぇか」

「お呼びでしょうか」


 大きな声を上げると、部下の一人が部屋の扉をノックし、中に入ってくる。


「……赤の信者が顕蓮会を裏切った。始末しておけ」

「裏切った? 赤の信者がですか!?」

「……そうだ。何度も言わせるんじゃねぇ。家族共々、裏切りの代償を思い知らせてやれ」

「はい」


 部下はそれだけ呟くと部屋から退出していく。


 今の時代、露骨に組の名前を外に出しては、すぐに警察に嗅ぎ付けられてしまう。

 だからこそ、カルト宗教の本部を隠れ蓑に活動しているのだが、赤の信者共も馬鹿な事をしたもんだ。

 カルト宗教で活動する者がカルト宗教にハマってどうするよ。

 しかも相手はあの神興会。敵対組織じゃねーか。

 十分、睨みを聞かせていたつもりだったが、どうやら馬鹿共には通じなかったらしい。


「……まあいい」


 所詮、赤の信者は捨石。

 どの道、使えなくなったら捨てる気でいた。

 まさか、こんな下らない事で捨てる羽目になるとは思いもしなかったが、これも仕方のない事。


「さてと、青の信者共にも神興会の悪評を流すよう指示しとかねぇとなぁ……。んん?」


 刀を鞘にしまい剣掛けに置こうとすると、背後に気配を感じた。

 置くのを止め、刀を抜き気配を感じた方向へと視線を向けると、そこには民族衣装を着た仮面の少年が佇んでいる。


「……おいおい。どうやって入り込んだ。外の奴等は何をやっていたんだ?」


 こんな餓鬼一人を黒の社に通すとは、どいつもこいつも使えない馬鹿ばかり。

 一度、鍛え直さなきゃいけねぇようだな


 民族衣装を着た仮面の少年に刀を向け凝視する。


「テメェ、ここがどこだかわかっているのか? 顕蓮会の総本山だぞ?」

「……ええ、知っていますよ?」

「へえ、知っていてここに足を運んだんだ? どうやら、命はいらねぇらしい……」

「えっ? なんでですか? ここは顕蓮会の本部ですよね? カルト宗教の本部に赴いたら命、消されちゃうんですか?」

「ああっ? 何を言って……」


 すると、遠くからパトカーの音が聞こえてくる。


「……パトカーの音が聞こえますね。あれ? どうかしましたか? 凄い顔をされていますけど……」

「テ、テメェ!」


 こいつ、警察を呼びやがったっ!


「ふざけているんじゃねーぞコラッ! 警察が何ぼのもんじゃい! その前にお前を……」


 威嚇の為に刀を振りかぶると、刀が勝手に折れる。


「……危ないな。刀を持つ時は気を付けましょうって母さんに習わなかったんですか?」

「へっ? お、お前……。なにを?」


 ど、どういう事だ?

 勝手に刀が折れたんだがっ……。

 というより、今折れた刀。新刀最上作の大業物、国広だぞっ!?

 数千万円する刀なのにどうしてくれるっ!?

 ま、まさかコイツが折ったのか。数千万円する新刀最上作の大業物、国広を……。


 ……何してくれとるんじゃコラッ!

 ぶち殺すぞわれっ!


「まあまあ、俺は別にあなたに喧嘩を売りに来た訳じゃありませんし……」

「なにっ?」


 警察呼んで数千万円の刀折って、喧嘩売ってない?

 いや、どう考えても喧嘩売ってるだろ!?

 何を考えているんだこいつ?


「いや、ちょっと、顕蓮会を脱退して神興会に入ってくれないかなって思いまして……」

「ああっ!? このワシに神興会に寝返れというんか!?」

「ええ、その通りです。本当は完膚なきまでに叩き潰そうかと思ったんですが、やむ負えない事情でここに入っている人もいるみたいですし……。それだったら、あなたを神興会の信者にしてしまい、他の方が神興会に入りやすい様にし向けようと思いまして……」

「ほう。そうかい……。けどな、この世界、舐められたら終わりなんだよ!」


 そう言って、子供に折れた刀を投げ付けると、折れた刀が黒い何かに吸い込まれるように消えていく。


 唖然とした表情で、それを見るとワシはその表情のまま立ち尽くす事しかできない。


「えっと、まだやります?」


 そう呟く仮面の少年に視線を向けると、まるで丸めて圧縮したかの様な形となった刀が少年の手に握られている。


「ワ、ワシの負けだ……」

「そうですか。それは良かった。それじゃあ、あなたにも今から神興会に改宗して貰いましょうか? もし、裏切ったらどうなるかわかりますよね?」


 仮面の少年がそう呟くと、その場の空気が重いものとなる。

 まるでこの場だけ重力が増したかの様な気分だ。


「わ、わかった。顕蓮会から改宗する。それでいいだろ……」

「ええ、しかし、あなたには当分の間、俺の『影分身』をつけさせて貰います」

「か、影分身とは?」

「影分身は、俺の分身です。暫くの間、あなたの事を監視させて頂きます。なにを仕出かすかわからないですしね。別に問題ないでしょう?」


 ぐっ、こいつ……。

 しかし、反抗する事もできない。


「わ、わかった……」

「ありがとうございます。強制改宗となってしまうのは残念ですが、その内、あなたにも神興会の素晴らしさがわかるようになりますよ。それじゃあ、俺はまだ行かなきゃならない所があるので……」


 そう言うと、仮面の少年は影を残してワシの前から姿を消した。


 この日、黒の信者は教祖の知る間もなく仮面の少年の支配下に置かれた。

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