佐藤家の食卓

「ふう……。取り敢えず、この位で大丈夫かな?」


 昼夜を問わず『影分身』が働いてくれたお蔭で、この辺り一帯にいた邪気に苦しむ人達の一時的な治療は終わった。

 後はみんなが教祖様の下に向かってくれると嬉しいんだけど……。


 そうすれば、病気や怪我の元となる邪気を祓う事ができる。

 そんな事を考えながら、部屋で漫画を見ていると、一階で食事の準備をしている母さんが大きな声を上げる。


『悠斗、ご飯ができたわよ~。降りてきなさい』

「はーい! すぐ行くねー!」


 母さんの作る料理を久しぶりだ。

 最後に食べたのは一年以上前。


 漫画をしまい、部屋の灯りを消してリビングに向かう。

 テーブルには、ご飯とお味噌汁。サラダとから揚げが置いてあった。

 本当に久しぶりだ。

 ウェークに味噌汁は存在しない。

 味噌汁を作ろうにも、その製法がわからなかったのだ。

 味噌汁の作り方は『叡智の書』にも載っていなかった。


 ウォーターサーバーでティーポットにお湯を注ぎ、湯飲みにお茶を煎れるとソファに座り、テレビをつける。

 そして、箸を持つと「頂きます」と言い、ご飯の入った食器を片手に持った。


 うん。美味しい。


 久しぶりに食べるお米が美味しすぎる件。

 お米ってなんでこんなに美味しいんだろう。本当に不思議だ。

 ウェークで食べていた料理も美味しいけど、長年食べ続けてきた日本食は特別だ。


 味噌汁もサラダもから揚げも、母さんが作るものはなんでも美味しい。

 特にから揚げは下味がしっかりついていて本当に美味しい。

 もう一口から揚げを頬張ると、母さんが笑顔を浮かべて話しかけてきた。


「ふふふっ、そんなに美味しそうに食べてくれるなんて、作った甲斐があるわ」

「うん! 特にこのから揚げ、下味がしっかりしていて本当に美味しいよ!」

「そう? それは良かった。一手間かけて作った甲斐があったわ」


 俺の言葉に母さんが嬉しそうな表情を浮かべる。

 美味しいから揚げを作るのに一手間かけるなんて流石は母さんだ。

 でも、どんな一手間をかけたのだろう?


 気になった俺は、から揚げを頬張ると、母さんに聞いて見る事にした。


「どんな一手間をかけたの?」


 そう呟くと、母さんはドヤ顔を浮かべる。


「ふふふっ、それはね。レンジでチンした後に、オーブンで両面を焼いたのよ。そうすると、サクサクした食感になってから揚げがより美味しくなのよ!」

「えっ? レンチンした後、オーブンで焼いたの?」


 から揚げって揚げ物じゃなかったっけ?

 何故にレンチン後のオーブン??


 そんな事を考えながら、頭に疑問符を浮かべていると、母さんがドヤ顔で話し始める。


「そうよ。最近の冷凍食品って凄いわよね。レンチンするだけでも美味しいのに、オーブンで焼くとより美味しくなるんだから」

「へえー。そうだったんだ……」


 知らなかった。冷凍食品ってこんなに美味しいんだ?

 うん。という事は……。


 台所に視線を向けるもIHクッキングヒーターは綺麗なままだ。何もない。

 お味噌汁の入ったお椀を持つと、母さんに問いかける。


「……このお味噌汁はどうやって作ったの?」

「ああ、それ? 最近のお味噌汁って美味しいわよね。フリーズドライ味噌汁っていうのをスーパーで見つけたからつい買っちゃった」

「へ、へえー、そうなんだ……」


 食卓に並んでいるご飯はどうやらインスタント料理だった様だ。

 いつも、会社から帰ってきてすぐに料理ができ上がるから凄いなと思っていたけど、こういうカラクリだったらしい。


「……さ、最近の冷凍食品って本当に美味しいね。それじゃあ、ご飯をお代わりしてもいいかな?」

「はいはい。やっぱり、高校生にもなると食欲が旺盛ね。ちょっと、待っててね」


 そういうと、母さんはソファから立ち上がり、俺の食器を持って電子レンジに向かって行く。

 そして、引き出しからインスタントのご飯を取り出すと、それをレンジで温め始めた。

 どうやら、ご飯までインスタントだった様だ。


 おふくろの味はインスタント。

 衝撃の事実である。


 まあ、母さんは働いているし、共働き世帯の食卓はこんなものなのかもしれない。

 母さんがインスタントご飯を食器に移すとテーブルの上に置いた。


「あ、ありがとう」

「ふふふっ、どういたしまして。それで、高校はどうだった?」


 拙い。一年のブランクがあり過ぎて、どうだったなんて抽象的な事を言われても咄嗟に思いつかない。


「う、うん。中学と雰囲気があまり変わらないかな? エスカレーター式の高校だし、友達皆が進級って感じだしね」

「そう。それなら良かったわ。悠斗には、将来、お父さんの様に偉くなって貰わないとね」

「う、うん。頑張るよ……」


 ど、どうしよう。

 ウェークでは、既に結構、偉い立場にいるんだけど……。

 ここでもそうならないといけないのだろうか……。


 よくよく考えて見ると、ちゃんとした将来設計を描けていない気がする。

 ウェークでは流されるがままに過ごしてきたからなぁ……。


 その結果が今……。

 もはや人と呼べない存在に進化してしまっている。


 幸いな事に、この世界に知り合いの神様は誰もいない。

 ウェークに帰ると、屋敷神や鎮守神辺りがずっとついて回るし、今の内に、今後どうしていくか考えておかないと……。


 俺は母さんにフリーズドライ味噌汁のお代わりを貰うと、味を噛みしめるように味噌汁を啜った。

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