その頃の悠斗①

 暇つぶしに王都散策を行っていた俺が、偶々、裏路地に視線を向けると、そこには、肩から血を流しながらへたり込んでいるお爺さんの姿が目に映る。


「お、お爺さん! だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ、大丈夫だ……ぐっ!?」

「血が出ているじゃないですかっ! 全然大丈夫じゃないですよ!」


 慌てて駆け寄ると『収納指輪』から万能薬を取り出し、お爺さんに手渡した。


「こ、これは!?」


 万能薬を手渡すと、お爺さんは驚いた表情を浮かべる。

 教会の万能薬、結構出回っていると思っていたんだけど……いや、今はそんな事を言っている場合ではない。お爺さんの怪我を直す事の方が優先だ。


「これは、万能薬です。教会で配布しているものと同じ物なので、安心して下さい」

「あ、ああ、ありがとう」


 お爺さんは万能薬を受け取ると、一気にそれを飲み干した。

 するとみるみる傷口が塞がっていく。


「ふう。助かったよ。まさか、このワシが人間に助けられるとは、これはお礼をしなくてはならないな……」


 万能薬により怪我を治したお爺さんは、ゆっくり立ち上がると、腕から黄金の腕輪を外し、俺に渡してくる。


「ほら、これを……」

「これは……こんな高そうな物を受け取る事はできません」

「いやいや、いいのだよ。これは傷を治して貰ったお礼だ。後生だと思って受け取ってくれ」

「そ、そうですか? それじゃあ……」


 黄金の腕輪を受け取ると、お爺さんは哀愁漂う表情を浮かべる。


「ここの所、物事が上手くいかず、落ち込んでいてな。先程も、少しばかりドジをして怪我を負ってしまった……探し物も、悪い奴に奪われてしまい失意の底にいたのだ……」

「そうなんですか……」

「そんな失意の底にいた時に、声をかけてくれたのが君だ。ありがとう。君のお蔭で少し立ち直る事ができそうだよ」

「そうですか、それは大変でしたね……」


 立ち直る事ができた。口ではそう言っているが、まるでそうは見えない。


「いや、本当に……ワシの事を敬う所か、碧眼糞爺呼ばわりしたあのクソ女よりも見所がある。こんな事なら君のような青年に召喚紋を授ければよかった……」

「えっ、今、何か言いましたか?」

「……いや、なんでもない。おや? もしかして、君は今、大きな悩みを抱えているのではないか?」

「えっ、悩みですか? まあ、確かに……自分ではどうにもならない大きな悩みはありますが……」


 唐突に何を言っているのだろうか、この老人?

 確かに悩みを抱えているけど、初めて会った人に悩みを打ち明けるのはちょっと……。


 それに、相談するにしても『あと一つレベルが上ったら神になってしまうんです』とか、『神にならずに済む方法はないでしょうか』とか、『自由に元の世界に帰る手段はないでしょうか』といった悩みを打ち明けられる筈もない。

 絶対に頭がおかしい人だと思われる。


「こう見えてもワシは高名な神の一柱でな。常日頃から君の様に心優しい青年の力になりたいと、そう思っているんだ」

「そ、そうなんですか、神様だったんですねー」


 胡散臭い。あまりに胡散臭い。

 自分の事を神と呼ぶ胡散臭い人初めて見た。

 しかし、この自称神様にここでそれを指摘していいものだろうか?


 いや、しかし、このお爺さん。そう言って自分の事を神だと言い聞かせないと、精神状態を保つ事のできない可哀想な人なのかもしれないし……うーん。取り敢えず、相談するフリをしていい気分になって貰い、さっさとこの場を離脱するか、どうか判断に迷う所だ。


「その通りだ。ワシはこの世界の元主神オーディン。今は悪い神の罠にはまり主神の座を奪われた悲しき神だ」

「うわー凄いですねー神様になんて初めて会いました」


 ど、どうしよう。

 この人、やばい人だ。


 自分の事を北欧神話の主神にして、死と戦争の神。魔術に長け知識に貪欲で、その為なら自分の目や命を代償に差し出すイカれクレイジーな神。オーディンと自称し始めた。

 見てみれば、片目を帽子の唾で隠し、オーディンっぽさを醸し出している。


 しかし、まだまだ作りが甘い。

 本物のオーディンであれば、杖の代わりに『グングニル』を片手に持っている筈だ。

 老人に視線を向けるも、グングニルを持っている様子はない。


 これは、やはり神の名を騙った偽者。

 神に成りたくて成りたくて脳が震えてしまった自称神様に間違いない。


 あれ? そういえば最近、グングニルをどこかで見たような……。

 気のせいかな?

 最近、屋敷神に頼まれてレジェンドウェポン作りをしたし、その時見かけたのだろう。

 そういえば、作成したレジェンドウェポンシリーズの中にグングニルがあった様な気がする。


 このお爺さん、北欧神話の主神オーディンに憧れているみたいだし、黄金の腕輪の対価にレジェンドウェポンシリーズの一つ。グングニルをプレゼントしてあげよう。


 新たに作成したレジェンドウェポンシリーズには、悪い事に使用できない様、モンスターか暴漢を相手にした時以外には力を発揮できない様にしてあるし、万が一の時の爆発機能も付いている。


 力が発揮できないといっても、普通の槍としては使えるし、オーディンを自称するこのお爺さんには丁度いい。

 そう考えた俺は、『収納指輪』から『グングニル(ユートピア商会製)』を取り出した。

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