その頃の元主神②

「フィンよ。これで満足か?」

「あら、やればできるじゃないのオーディン様」

「ふん。ワシはこの世界の元主神にして万物の神。信仰心さえ集まり、力が発揮できれば、この位、容易い事よ」


 ワシに唯一残された神器『ヴァルハラ』の力を開放し、激情に駆られ壊してしまったアンティーク家具を元に戻すと立ち上がる。


「それで、これからフェロー王国にあるヴォーアル迷宮に向かうとの事だけど、本気で行く気? あの国とは戦争状態にあるのよ? それともオーディン様がそのフェロー王国を内部から滅茶苦茶にしてくれるのかしら?」

「ふん。小娘が……言ったであろう。ワシは忙しい。ヴォーアル迷宮の最終階層に送った一対の渡鴉『フギンとムニン』を回収しに行かねばならぬのだからな。……まあ、『フギンとムニン』の回収が終わり、気が向いたら破壊工作の一つ位してやるわ。ありがたいと思えよ」


 そういうと、ワシは身体を浮かび上がらせる。


「『フギンとムニン』の回収が終わり次第、ヴォーアル迷宮から迷宮核を抜き取ってやる。それで、フェロー王国の王都はお終いよ」

「ええ、流石はオーディン様、頼もしいわ。でも、何事も程々でお願いね? 折角、戦争を仕掛けたのだもの……戦果がなければ、戦争を仕掛けた意味がないわ」

「フィン……お主、先ほどまでの騒ぎようは何だったのだ? あれほど、荒れていたのに、急に態度が変わるとは……情緒不安定な女よ」


 ワシがそういうと、フィンはまたもや機嫌を悪くしてしまう。


「情緒不安定な女……情緒不安定な女ですって? あんたね。ふざけた事を抜かすんじゃないわよっ! 誰のせいでこんな事になっていると思っているの!? 全部あなたのせいじゃない! 戦争の神だか、万物の神だかしらないけどね。あなたは責任を感じないの? 私はまだ怒っているんですからね。さっさと、私の国を苦しめる三国の内の一つ、フェロー王国を滅茶苦茶にして! もう私に後はないの!」

「さっきから言っている事がコロコロと……わかったから、喚くな。鬱陶しい」

「鬱陶しいですっ!? 誰のせいでこんな事になっていると思っているのよ!」


 あまりの謂れ様に、流石のワシも怒り心頭になってきた。


「煩いわっ! 小娘の分際で、いい加減にしろ! ワシが自暴自棄になったらなぁ! 今すぐにでもこの国を滅ぼす事ができるのだぞっ! 後のない元主神を舐めるでないわっ! それに、商人連合国アキンドとサンミニアート・アルモンテ聖国には、宣戦布告していないのだから良いではないか!」

「何を言っているのっ! その二国に対して、あなたが疫病に侵されたモンスターを放ったんでしょう!」

「そ、それがどうしたっ! 信仰心さえ集める事ができれば、そんな事はどうでもいいわっ!」

「現状集まっていないじゃない! だから、あなたは駄目なのよ! 詰めが甘いのよ、この隻眼糞爺! そんなんだからこの世界の主神の座をロキとかいう神に奪われたんでしょ!」

「う、煩い。煩い。煩い。煩い。煩いわっ! ワシを侮辱するのも大概にせいよ!」


 ワシが信仰心を使い、フィンを威圧する。

 すると、フィンは少しだけ顔を蒼褪めさせた。

 流石に言い過ぎたと思っているのだろう。

 口を塞ぎ、あたふたとしている。


「……少し言い過ぎたわ。でも、仕方がないでしょ? 私はもうあなたに頼るしかないの。疫病に侵されたモンスターの大群を近隣諸国に対して送り込むのを見せつけたのだって、そういう事でしょ? だからこそ、私はあなたの話に乗り、皆を説得した。何度でも言わせて貰うけど、私には後がないの。近隣諸国と国民を巻き込んだ、この戦争に勝たなければ、私はお終い。勿論、あなたもね。私達は一蓮托生の運命にある。どうか、その事を頭の隅にでも置いておいて」


「ふん。まあよい。ワシもお主に呼び出されている体を取っているからこそ、最低限の信仰心で行動できるのだからな……、では、行ってくる」

「ああ、ちょっと待って。ヴォーアル迷宮に潜るには冒険者ギルドの……いえ、フェロー王国では、総合ギルドというのだったわね。その総合ギルドのギルドカードが必要となるわ。どうする気?」


「ふん。所詮は人間が作り出した一枚の紙切れよ。偽造する位、造作もない。いざとなれば、力尽くで迷宮内に入ってくれるわ。人間如きが、元主神であるこのワシに勝てる筈もないのだからな」

「そう? それならいいんだけど……」

「心配するでないわ」


 全く、心配性な女だ。

 ワシにはまだ神器『ヴァルハラ』が残されている。

 それに信仰心さえ集まれば、天界から援軍を呼ぶ事も可能となる。

 ワシの地位を簒奪したロキに叛意を持つ者は少なからず存在するからな……。


 更に言えば『ヴァルハラ』の力は強き者を殺せば殺す程、解放した時の力は壮絶なものとなる。

『ヴァルハラ』を持つワシがこの世界にいる以上、死者はワシのもの……モンスターと死者、そしてオーランド王国の兵士をもってフェロー王国を討ち滅ぼし、それを足掛かりにして、この世界を蹂躙し、最終的にはロキを滅してくれるわ。


 ワシは笑みを浮かべると、『フギンとムニン』を回収する為、フェロー王国へと飛び立った。

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