縋るモルトバ⑤

「もうギルドマスターにはついていけません。冒険者ギルドを辞めさせて頂きます」

「ま、ままま、待ってくれっ! 冒険者ギルドの職員はもう、君と私しかいないんだぞ!? 今、君にまで辞められたら冒険者ギルドの運営は……」


 ギルド職員は退職願を叩き付けると、憤然とした表情を浮かべ大声を上げた。


「だったら最初からあんな事をしなければよかったでしょっ! 二百人を超える冒険者を借金奴隷に堕として、一体、ギルドマスターは何をしたいんですかっ! 元はといえば、ギルドマスターが白金貨をばら撒いたのが悪いんでしょ!? それなのに……まったくっ!」

「だ、だがしかし、それをやらなければ、この私が借金奴隷に……」

「それじゃあ、何ですか? ギルドマスターの保身の為なら、何十人、何百人もの冒険者を借金奴隷に堕としても構わないと、本気でそう仰るんですか!?」


 ギルド職員が私の痛い所を突いてくる。


「う、うぐっ、だ、だが、仕方がないだろう。あの金は返還するべきものだとわかったのだ。一度、配ってしまったとはいえ、返還を求めるのは当たり前の事だろう」

「……もうギルドマスターにはついていけません。それでは、私はこれで失礼します」

「お、おい。まだ話は終わっていな……」


 ギルド職員はそう言うと、扉を叩きつける様に閉め、部屋から出て行ってしまった。


「な、なんでこんな事に……」


 冒険者ギルド本部のグランドマスター、グランからの突然の通信。それに対して、取り乱し、『ギルドからの支援金を受け取った冒険者全員から白金貨を回収しろ、全額返せない者は借金奴隷に落としてでも回収しろ』といった要らぬ発言をした結果、フェロー王国王都支部の冒険者ギルドには今、閑古鳥が鳴いていた。


 あの発言をして以降、日を追う毎にギルド職員が辞めていき、丁度今、最後まで残ってくれていたギルド職員が辞めた所だ。

 今思えば、あの糞爺の言われるがままに冒険者を借金奴隷に落としてしまった事が拙かったのかもしれない。もっとこう、そういった事は秘密裏に行うべきだったと反省している。

 もっとも、既に遅きに失した感は否めないのだが……。


 既に冒険者達の脱退が相次いでいる。

 当然、こんな状態ではギルド運営もままならない。


 手元にあった白金貨四千枚もカジノで溶かしてしまった……。

 冒険者を奴隷商人に売って稼いだ白金貨二十万枚も冒険者ギルドに振り込まれてしまった為、手を付ける事もできない。

 ユートピア商会には、グランドマスターが来るまでの間に白金貨百万枚を集め、謝罪を済ませねばならないというのにどうすればいいのだ……。

 ピンチ過ぎて逆に冷静になってきた。


 もう失うものはないのだ。

 素直に謝って許して貰おう。


 うん。なんだかそれが名案の様に思えてきた。


 全てを失ってしまうと逆に冷静になれるものだ。

 それにしても、何故、私は冒険者ギルドの為に、あんなに頑張って働いていたのだろうか。

 頑張って働いた結果がこれだというのであれば、働かなければよかったと後悔している。


 とはいえ、過ぎ去った事は仕方がない。

 今も、外からクレームの大合唱が聞こえてくるが、最近では、それにも慣れてきた。

 まず自分にできる事から始めよう。


 要は佐藤悠斗君に謝罪し、白金貨百万枚の返済を白金貨二十万枚の返済に、そして白金貨二千万枚の賠償金支払いを免除してくれないかとお願いし、彼が了承してくれればそれで済むんだ。

 そうすれば、私は借金奴隷に堕ちる心配もないし、冒険者ギルドで肩身の狭い暮らしを強いられる必要もなくなる。


 よし、そうだとすれば、すぐに動かなくてはいけないな。

 私は椅子からゆっくり立ち上がると、襟を正しユートピア商会に向かう事にした。


 冒険者ギルドから一歩足を踏み出すと、そこには仲間の冒険者を借金奴隷に落とした事に恨みを持つ者達や、依頼の未達成により不利益を被った商人達がズラリと並んでいた。


 その光景に私は一歩後退り汗を流す。


「出てきたぞっ! モルトバの野郎だっ!」

「モルトバッ! 仲間を借金奴隷に落とすなんてどういうつもりだっ!」

「ギルドが依頼を達成しないから私の店はもう終わりだっ! どうしてくれるっ!」

「何が、ギルドマスターだっ! お高く留まりやがってっ! あんなクソ野郎ぶっ殺せっ!」


 これは拙い状況だ。

 何とか鎮静化せねば、こちらの身が危ない。


「ま、まあまあ……落ち着き給え……」


 私がそう呟くと、さらなる罵詈雑言が飛んでくる。


「落ち着けるかぁぁぁぁ! 馬鹿野郎っ!」

「ふざけるなっ! お前が元凶だろうがっ!」

「何様のつもりだっ! 謝罪が先だろうがっ!」

「礼節も知らないギルドマスターがっ! ぶっ殺せっ!」


「ふぅ……」


 私はそう呟くと、ダッシュで冒険者ギルドの中に逃げ込み鍵を掛ける。


 冒険者ギルドの建物は有事に備えて頑丈に造られている。これがもし普通の建物であれば一瞬で破壊されていただろう。


 外から私のことを非難する罵詈雑言が聞こえてくるが、こうなっては仕方がない。今日の所は延期せざるを得ないだろう。


 しかし、困った……。

 このままでは、ユートピア商会と交渉する事ができない。


 あと数日もすればグランドマスターが到着し、私の借金奴隷化が……場合によっては犯罪奴隷化が確定してしまう。しかし、外は暴徒で溢れ返っている。


 どうしようもないこの状況に、私は頭を抱える事しかできなかった。

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