ゲーベル迷宮⑦

「そこの君、このクズの言っている事は本当の事かね?」

「はい。まあ、概ねその通りですが、先に襲ってきたのは、その冒険者達ですよ?」


 こちらはあくまで被害者だ。

 被害者が加害者に対して苛烈な正当防衛をしただけである。


「そんな事はどうでもいい。俺は弱者が嫌いでね。昔からスラムの連中がいけ好かなかったのだよ。だってそうだろう? 弱者如きが空いている土地に勝手に居座り、街の治安を悪化させ、疫病を流行らせる原因にもなる。そして、自分だけが不幸であるかの様な視線を俺達に向けてくるのだ……。だからこそ私は常日頃から言っているのだよ。スラムの連中を私のギルドに登録させるな、スラムの連中を見つけたら教育してやれってね」

「へえ、そうなんですか……」


 とんでもない輩だ。

 性格の悪さは元より、頭もイカれている。

 冒険者ギルドに所属する人間は皆こんな感じなのだろうか?


「そうさ。これは教育だよ。しかし、いけないな……。ゴミ如きが俺のギルドに所属する冒険者を倒すなんて、君もそう思うだろ?」

「いえ、襲ってきたのはそちら側なので、全くそんな風には思いませんけど……」


 俺がそういうと、ギルドマスターは歯を鳴らし眉間に青筋を浮かべる。怒りの沸点の低い人だ。


「……そうか。まあいい」


 ギルドマスターはそういうと、俺に向かって手を振った。

 すると、後ろに控えていた冒険者の一人が、俺に向かってナイフを投擲してくる。

 ナイフは俺の身体を抜けると地面に突き刺さった様だ。


 しかし、ビックリした。

 まさか、何も言わずにナイフを投げてくるなんて思いもしなかった。

 俺は何事もなかったかの様な表情を浮かべると、ギルドマスターに視線を向ける。


「これは一体、何のつもりですか?」

「いやなに、ちょっとした挨拶の様なものさ……しかし、君の身体はどうなっているんだい?」

「へぇ、挨拶ですか……」


 今のが挨拶ならやり返しても問題ないよね?


 俺は足元に刺さったナイフを掴むと、これからナイフを投げますよ? といったジェスチャーをする。


「それじゃあ、これも挨拶って事で!」


 そして、ギルドマスターの腰に下げてある高価そうな剣に狙いを付けると、剣の鍔に向かって思い切り力を込めて投擲した。


「なっ!?」


 ナイフを投擲すると同時にギルドマスターは驚きの声を上げる。それと同時にギルドマスターの側で、バキベキッと、何かが砕け散る様な音が聞こえてきた。


 命中してよかった。

 剣に命中しなかった場合、俺もギルドマスターと同じ様な反応をしなければならない所だ。


 しかし、剣を折られたギルドマスターはそうはいかない。

 真っ二つになった剣を、両手を震わせながら手に持つと呆然とした表情を浮かべながらしゃがみ込んでしまった。


 余程、剣を折られたのがショックだったのだろう。

 ギルドマスターがしゃがみ込んでしまった事で、後ろに控えていた冒険者達も困惑の表情を浮かべている。


 何分位時間が経っただろうか、ギルドマスターは立ち上がると、憤怒の表情を浮かべながら、俺の事を睨みつけてきた。


「……殺せ」


 えっ?

 今、殺せとか言わなかっただろうか?

 聞き間違いだよね?


 もう一度聞き耳を立てると、今度は大声を上げて叫び出した。


「あのクソガキとゴミ共をぶっ殺せぇぇぇぇ!」

「「「おおおっ!」」」


 ギルドマスターがそう叫ぶと、数十人の冒険者が俺達に向かって殺到する。

 どうやらギルドマスターは正気を失っている様だ。


 冒険者達がユートピア商会の従業員達に襲い掛かる様を見ながら、どうしようかと考えていると急に暴動が止まった。


 どうしたのだろうかと、前を向くと、敵対する冒険者達全てが『影精霊』に捕らえられている。

 どうやら、従業員達が冒険者たちの鎮圧をするまでもなく『影精霊』が冒険者達を拘束してくれた様だ。


「なっ、何だこれは? なんで、こんな事に……」


 まあ、敗因は従業員達の事を舐め腐っていたからに他ならない。従業員達は既に、一人で第十階層のボスモンスターを倒す事のできるレベルにまで、レベル上げを済ませている。

 今更、そこいらの冒険者に負ける事などありえない。それに彼等には『影精霊』の護衛もついているのだから……。


「それはまあ、従業員達の事を舐めすぎたからですよ。冒険者ギルドに対抗するべく鍛えた従業員達です。弱い訳がないでしょう?」


 俺が人差し指を口の前に持っていきながらそう言うと、冒険者達は悔しそうな表情を浮かべる。


 そして、ギルドマスターに顔を向けると、ギルドマスターは般若の様な表情を浮かべた。


「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ! 今すぐに俺達を解放しろっ! 迷惑料として、クラーケンも今すぐ渡すんだっ! 卑怯な手ばかり使いやがって、このゴミ共がっ! どうせクラーケンも卑怯な手を使って倒したんだろ? この卑怯者めっ!」


 この人は一体何を言っているのだろうか?


「えっと、それじゃあ皆さん。クラーケンと戦ってみます? 丁度、海中にリポップされたみたいですし……」

「はあ? 何を訳の分からない事を言っているんだ。そうホイホイ、クラーケンが出てきてたまるものかっ! まあ、俺達はお前達の様に卑怯な真似は一切しないし、クラーケンが出てきた所で簡単に倒す事ができるがなぁ!」


 そうギルドマスターが声を上げると、冒険者達は息を吹き返したかの様にギルドマスターに追随して叫び声を上げた。

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