楽観的な考えが生んだ大きすぎる代償

「待てっ! お前達は冒険者ギルドを敵に回す気か!」


 ギルドマスター、モルトバの言葉に屋敷神が呆れ顔を浮かべる。


「……話し合いが決裂したからといって、何故、冒険者ギルドを敵に回す事になるのです?」


 屋敷神がそういうと、モルトバは得意気に笑った。


「当たり前だろう。魔道具を売りだしたタイミングで護衛任務が徐々に減り出した事は調べがついている。そして、その魔道具を持つ者からの護衛任務が激減しているのだ。状況から見て、その魔道具が原因で間違いない」


 得意気に笑うモルトバとは対照的に屋敷神の顔は冷めた表情に変わっていく。


「私は何故、話し合いが決裂したからと言って冒険者ギルドを敵に回す事になるのかを聞いているのですが……まあいいでしょう。そもそも、あなたはその魔道具がどういった類の物がちゃんと理解されていますか? 持ち主の身を守るだけのお守り一つで護衛依頼が激減する筈がないでしょう。仮に魔道具が原因だったとして、何故、当商会が冒険者ギルドの穴埋めをしなければならないのです?」


「お前達が冒険者ギルドに属しているからだっ! 冒険者ギルドに属する者が規律に従うのは当たり前の事。冒険者が冒険者ギルドに被害を与えれば、冒険者ギルドはその被害額に応じた罰と請求を与えるのは当然の事ではないか!」


「お話になりませんね。冒険者ギルドに規律がある様に、商業ギルドにも規律はあります。商業ギルドに属する者が冒険者ギルドから難癖を付けられ、賠償金を支払う事になった場合、商業ギルドが動くとは考えないのですか?」


「高々、一商会の為に商業ギルドが動く筈ないだろう。それにこれは冒険者ギルドとしての決定だ。冒険者ギルドに属している以上、決定に従って貰う。従わない場合、除名処分となるが、それでもいいのか? 冒険者ギルドに楯突いて普通の生活を送れると思うなよ」


「……つまりあなたはどうあっても当商会に白金貨百万枚を支払わせたいと、そういう事ですね?」

「ああ、当然の事だろう」

「そうですか、わかりました……」


「それではこちらも……商人連合国アキンドの評議員の一人として、正式に冒険者ギルド本部に対し、抗議文と逸失利益を含む損害賠償請求を送付させて頂きます。ああ、こちらもどうぞお受け取り下さい」


 屋敷神はそういうと、俺から預かった冒険者ギルドのギルドカードと脱退届をモルトバの目の前に置く。

 すると、モルトバは素っ頓狂な声を上げた。


「えっ、はっ?」

「おや? これが何かわかりませんか?」

「いや、だがっ、しかし……」


 モルトバも随分と混乱している様だ。

 テーブルに置かれたギルドカードと脱退届に視線を向けては、俺達の顔に視線を向けている。


「私と悠斗様は現時刻をもって冒険者ギルドを脱退致します。そして抗議文と請求書を冒険者ギルド本部に発送と……まあ、冒険者ギルドとしての決定なので、あなたに言っても仕方ないと思いますが念の為、言わせて頂きます。我々は冒険者ギルドの指示に従い、これから魔道具の販売停止及び回収を行います。ああ、ご安心下さい」


 屋敷神はそういうと、どこからともなく白金貨百万枚の詰まった皮袋と合意書、領収証を取り出した。


「冒険者ギルドの一方的な言い分を私達も呑みましょう。どうぞ、白金貨百万枚です。これが欲しかったのでしょう? 内容をよく読み合意書に受領印もお願いしますね」


 モルトバが合意書を確認すると、驚きの声を上げた。


「な、何だこれはっ!」

「何と言われましても、あなた方が要求してきた内容をそこに記載し、その結果として白金貨百万枚を支払いますよと備考欄に書かせて頂いただけですが……」


 そこには、冒険者ギルドがユートピア商会に対し、要求してきた内容がそのまま書かれていた。


「冒険者ギルドが『影精霊を付与した魔道具』の販売停止と回収を求めた事は事実ですし、魔道具の販売により護衛依頼激減したんですよね? 当商会は冒険者ギルドの要求に従い白金貨百万枚を支払うとそう記載しただけですが、それが何か?」

「わ、私が言っているのはそんな事ではない。この一文はなんだと聞いているんだ!」


 そこには、『冒険者ギルドの要望に沿い魔道具の回収を行うが、その責任は全て冒険者ギルドに帰属する』という一文と『この内容に瑕疵があった場合、その責任は冒険者ギルドが負う』という一文が記載されていた。


「ああ、その件ですか、こちらも冒険者ギルドの要望を呑むのです。それ位の責任は取って頂かなければ困ります。それに瑕疵があった場合の責任についてですが『影精霊を付与した魔道具』が護衛依頼激減の理由との事ですし、もしそれが間違っていた場合の条項について合意書に記載するのは当たり前の事しょう?」


「い、いや、だが、しかし……」

「冒険者ギルドは『影精霊を付与した魔道具』が護衛依頼激減の原因だと断定したのですよね? でしたら、問題ないではありませんか。万が一があったとしても、あなたの責任にはなりません。その責任は冒険者ギルド本部に向かいます。さあ、サインをお願い致します」


 屋敷神がそういうと、モルトバは震えた手でサインをしていく。


「はい。ありがとうございます。こちらが合意書と領収証の控えとなります」

「あ、ああっ……」


 屋敷神はそれを受け取ると、モルトバに控えを渡した。


「それでは、当商会は冒険者ギルドの要求の全てを呑みました。ですので、こちらも魔道具の回収及び販売停止による逸失利益を含む賠償金として白金貨二千万枚の支払と抗議書を冒険者ギルド本部に送付させて頂きます。モルトバ様……」


「な、なんだっ……」

「これからの冒険者ギルドのご活躍に期待しております」

「あ、ああ……」


 白金貨百万枚を勝ち取る事ができたのに、モルトバの表情は硬い。


 憶測を根拠として白金貨百万枚を受け取る事には成功したが、代わりに冒険者ギルド本部に白金貨二千万枚の賠償金支払いと抗議書を送付させられる事になってしまった。

 そしてSランク冒険者一人が脱退。商業ギルドの評議員まで敵に回す事になってしまう。


「お、おい。まさか本当にギルド本部に送ったりしないよな?」

「さて、それはどうでしょう?」


 俺達は硬い表情を浮かべたままの、モルトバを一瞥すると、俺達は冒険者ギルドから去っていった。

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