ヨルズルの苦悩

 ヨルズルは悠斗が冒険者ギルドのギルドマスター室を後にするのを確認すると、仰向けになってソファーにもたれ掛かる。


 佐藤悠斗が……。彼がこのエストゥロイ領に来てからというものの、尋常じゃなく運が悪い。


 迷宮に放っていた子飼いの冒険者は捕まり、盗賊団は捕らえられ、廃坑内で始末しようすれば奴の強さを目の当たりにする。薬を盛るも効かず、元Sランク冒険者ドレーク君に倒して貰おうとすれば逆にドレーク君がやられてしまった。


 そういえば、あの日以来ドレーク君を見かけない。もしかしたら、彼によって秘密裏に排除されてしまったのかもしれない。


 ドレーク君が彼に敗れ、暗い場所に閉じ込められ、漸く、夢から覚めたかと思えば、別荘が廃坑に沈んでいた。あの別荘には盗賊団からの預かり物や、世に出せない大量の白金貨を保管していたというのに……。


 あれではサルベージする事も出来ない。

 いや、そもそもあそこにある全ての物が盗品である事を考えると、正規の手段でサルベージする事も土台無理な話か……。


 あの日、私はギルドマスター職以外の全てを失った。


 子飼いの冒険者は私の元を去り、別荘が廃坑内に沈んだ次の日からは、提携関係にあった盗賊団から毎日の様に嫌がらせを受け、挙句の果てには、冒険者ギルドに襲撃される始末……。


 そもそも、奴が子飼いの冒険者や盗賊団を捕らえ、毎日の様に素材買取カウンターに大量のモンスターの買取依頼をしなければ、私はこんな事を実行に起こさなかった。

 まあ先程、辛うじて素材買取カウンターへの買取を控えて貰える事になったが……。正直、あんな簡単に引いてくれるなら、行動に移す前に頼めば良かったと思っている。

 まさかあんな簡単に引き下がるとは……。


 だって普通、そんな簡単に引き下がるとは思わないだろ……。

 毎日、白金貨400枚(約4,000万円)を素材買取カウンターから引き出していくんだ。

 白金貨400枚だぞ!?


 正直言って、廃坑調査の依頼料も支払いたくはなかった。


 私はどこで何を間違えたんだろうか……。


 ……というより、アイツ強すぎるだろ。

 何で麻痺毒をあれだけ飲んで大丈夫なんだ?

 何で剣で切り付けられ、炎に焼かれて平気なんだ?

 何で腹に槍がぶっ刺さって生きていられるんだ?


 化け物が過ぎるだろ……。

 それにドレーク君の持つ武器……。何故アレを完封出来るんだ?

 ドレーク君の持っている武器の凄さは知っているつもりだったが、普通、完封出来るとは思えない。


 それに、あの武器作ったとか言っていなかったか?

 というより、あんな武器売っていいのか?

 一つでもテロリストに渡ればとんでもない事になるんじゃないか? 下手したら国を滅ぼす事もできるぞ?


 ああ、駄目だ……。口癖の敬語がどこかに飛んで行ってしまう位混乱しているらしい。


 暫くの間、仰向けになりながらソファーにもたれ掛っていると、部屋にノック音が響く。


「どうぞ。入って頂いて構いませんよ」


 ソファーから立ち上がると、一人の女性が部屋に入ってくる。


「これはこれは……。そういえば挨拶がまだでしたね。フェロー王国担当の評議員になられた様で、おめでとうございます。トゥルク様」


 トゥルクは扉を閉めるとニコリと笑い口を開く。


「ありがとうございます。所でヨルズル様、何かお困り事はありませんか? そうですね~。具体的にはユートピア商会の会頭、佐藤悠斗様の事などで……」


 私もトゥルク同様に笑顔を浮かべると、ゆっくりとした動きで席に戻り、腰を落ち着かせる。


「……何の事かわかりませんね。それで、トゥルク様は私に何の用があってこちらに?」


「探り合いは止めましょう。あなたも被害に有ったのでしょう? 私達は互いに協力できる関係にあると思うのだけど、如何かしら?」


「協力ですって?」


 トゥルクは側に寄ると、机に軽く腰を乗せヨルズルに視線を向ける。


「そう、協力よ。私は佐藤悠斗……。彼にこのエストゥロイ領から出て行って欲しいと思っているわ。あなたはどうかしら?」


「それは魅力的な提案ですね。しかし、どうやって彼をエストゥロイ領から追い出すというのですか? 悠斗君は既にこの地に根を張っていると思いますが……」


 そう佐藤悠斗は、既に土地を買い新たな商売を始めている。

 そう都合よく追い出せるとは思えない。


「あら? 私は出て行って欲しいと言ったのよ? 彼を追い出すなんてそんなリスクの高い事をしたくはないわ」


「リスク? エストゥロイ領から悠斗君を追い出そうとする事が何故リスクに繋がるのですか?」


「あなた……本当に分からないの?」


 トゥルクは目を細める。


「……いや、わかるさ。悠斗君と共に行動して思い知らされたよ」


「そうでしょう。私もやられたわ。本当は死んで欲しい所だけど、そこまで望むのは現実的じゃない……。だからこそ彼には自発的にエストゥロイ領から出て行って欲しいと思っているのよ」


 なる程、自発的に出て行って貰う……。下手に手を出して火傷を負うより良い方法だ。


「それで、どうするのですか?」


「今、エストゥロイ領にティンドホルマー魔法学園移転の話が持ち上がっているわ。魔法学園には、彼の保護する子供達が通っているの……。理事長や学園長には悪いけど、その話潰させて貰うわ。あなたは領主に話をつけに行きなさい」


 なる程、それなら穏便に出て行ってくれそうだ。

 ヨルズルはトゥルクと握手を交わすと、早速、領主に面会の予約を入れた。

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