異端審問官⑩

 大司教ソテルが手に持つ杭が、異端審問官長ドミニカの目の前でピタリと止まる。


「死ぬ前に一つだけ、あなたにお礼を言わなくてはならない事を思い出しました。」


 ドミニカは冷や汗を流しながら、ゴクリと唾をのむ。


「長らくのお勤めご苦労様でした。『異端審問官壊滅』という神託を聞き、神に己の魂を捧げなかった事は残念に思いますが、あなた方のおかげで『教会権威失墜』という目的を果たす事ができそうです。」


「な、なんだと……教会権威失墜が私と何の関係がある!」


 ソテルは怒りの形相を浮かべるドミニカに笑みを向けると、片手を大げさに広げ、楽しそうに口を開く。


「あなた方、気付いていないのですか? そうですねぇ~例えば、今日、ユートピア商会を爆破しようとした事……商会内にはまだ人がいるにも拘らず、爆破に踏み切りましたね。その後、あなた方はどうなりましたか? 石を投げられ爆弾魔として兵士に捕まってしまったではありませんか。王都の皆様には、相当の悪印象を与え、聖モンテ教会の異端審問官は犯罪者の集まりだと思われた事でしょう。その身を捧げ、教会権威を失墜するために行動を成す等、普通の人間にはできません。素晴らしい。これは素晴らしい事なのです! 神託に殉じ行動を起こす。それこそ異端審問官の矜持! 流石はドミニカ様です。よく教育が行き届いています。今回の件だけではありません。あなた方異端審問官たちは、教会の名を貶める為、日夜努力をし、異端の芽を摘んできました。その中には異端の異の字も知らぬ赤子も混じっていたかもしれません。」


「……何が言いたい。」


「ああ、申し訳ございません。貶めている訳ではないのです。神託通り教会権威を失墜させる為に行動するあなた方を誉め讃えたいだけなのです。ただっ……。」


「ただ……なんだ。」


「それだけ神の意を汲み教会権威を失墜させる為、行動に移されていた方が、なぜ異端審問官壊滅という神託通り神に己の魂を捧げないのか不思議でなりません。なので……私が代わりに実行に移しておきました。」


 ソテルは空中から数体の死体を取り出すと、そっと地面に並べていく。


「なっ……き、貴様ぁぁぁ! 私の修道会に何をしたぁぁぁぁぁ!」


「異端審問官壊滅の神託通りあなたの育てていた異端審問官は見習いを含めて全員の魂を神の御許へ送り届けました。残るはあなた方だけです。でも安心して下さい。聖モンテ教会の大司教である私が直々に神の御許へとその魂を送り届けて差し上げましょう。ああ、ああっ、羨ましい。とても羨ましいですねぇぇぇ! 」


「ふ、ふざけるなぁぁぁ、ペギョッ!」


 ソテルは立ち上がろうとするドミニカの頭に容赦なく杭を打ち付ける。

 動かなくなったドミニカを一瞥すると、牢屋に捕らえられている残り7人の異端審問官も順次、杭で貫き魂を神の御許へ送ってゆく。


 そして、異端審問官たちの身体を空中にしまうと、ソテルはゆっくりとした足取りで瞬間移動テレポーテーションを発動すると教区教会に戻る事にした。

 ここに、聖モンテ教会の異端審問官たちは、ソテルの齎した神託通り壊滅の道を辿る事となった。



 神託通り異端審問官たちを壊滅に追い込んだソテルは、早速、教区教会にある礼拝堂へと足を運ぶ。

 途中、ソテルの帰りに気付いた修道士が声をかけてくる。


「お帰りなさいませ。ソテル様。」


「ああ、ああ、ようやくです。ようやく神の御言葉を聞く事ができます。あなた、私がいいと言うまで決して礼拝堂に入らない様に……。」


「承知致しました。」


 ソテルが神託を賜る為、礼拝堂でお祈りを捧げる事数時間、一向に出てくる様子がない。

 心配になった修道士が、礼拝堂の扉を開けると、そこには血の涙を流し、死体に杭を打ち付けているソテルの姿があった。


「異端審問官は壊滅状態に追い込んだ筈ですのに、なぜ、何故、何故なのです! なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ!」


 ソテルが「なぜ」と呟く毎に、死体に杭が打ち込まれていく。

 修道士は空恐ろしい思いを抱きながら、礼拝堂の扉を閉めると、汗をダラダラと流しながら礼拝堂の中で行われていた事を思い浮かべる。


「ソ、ソテル様、なぜ、なぜ死体に杭をっ……うぷっ。」


 礼拝堂で行われていた恐ろしい行為。

 修道士は、喉から込み上げる物に驚き、思わずトイレに飛び込んだ。


「う、うおぇぇぇっぇ!」


 修道士は胃の内容物をリバースし、口を拭うと礼拝堂から絶叫にも似たソテルの声が教会内に響き渡る。


「ああ、ああっ! なぜ、何故なのですロプト神様ぁぁぁぁぁ!」


 何度も何度も死体に杭を突き刺したソテルは、杭を放ると、十字架にひれ伏し涙を流す。

 何時間経っただろうか、涙も枯れる程の時間が経った頃、ソテルがゆらりと立ち上がると、十字架に向かい笑顔を向ける。


「教会の権威は失墜し、異端審問官は壊滅に追い込みました。それでも、新たな神託を賜わるには足りない。神託スキルを持つ者は処理しました……となれば、あの子ですね……あの子が神の御言葉を受け取る為の邪魔をしてるのですね……。」


 ソテルはそう呟くと、死体を空中にしまうと、杭を引きづりながら悠斗邸へと足を向ける。

 すべてはソテルの邪魔をする修道士を消すために、すべては新たな神託を得る為に……狂気に満ちた目を浮かべながら修道士ルチアを消すため悠斗邸へと歩を進めるのであった。

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