異端審問官⑥
「さて、準備は整った。」
異端審問官長ドミニカは、一人そう呟くとユートピア商会に向けて足を運ぶ。
異端審問官たちは有能だ。今頃、私の命令通りにユートピア商会の至る所に爆発物を仕掛けている頃だろう。
異端審問官たちが、異端信仰者の拠点を破却する為の事前準備を行い、時が来たら私自ら異端信仰者に説教をする。そして、罪が大きすぎて正統側への復帰が難しいと判断した場合、拠点を破却。
拠点を壊され慌てている間に、異端信仰者を捕らえ罪の自白(告罪)を迫る。そして罪の自白をしない場合、少し荒っぽいやり方で自白を迫り、それでも罪の自白をしない場合、聖火にて魂の救済を行う。
これまでもそのやり方で異端信仰者たちを正統側に導いてきた。
今回もそれは変わらない。
時刻はもうすぐ正午になる。
いい具合に、ユートピア商会には人が集まっていた。
空を見上げると、天気は快晴。
今日は良い説教日和だ。
私がユートピア商会の前に立つと、軽く自己紹介をし、大声で聖モンテ教会に仇名す異端信仰者、佐藤悠斗の犯した罪の数々を読み上げていく。
「私は聖モンテ教会の異端審問官長ドミニカである。ユートピア商会の会頭主である佐藤悠斗。貴様には異端信仰者との嫌疑がかけられている。今より罪状を読み上げるので、その間に商会内から出てくるように。」
私の言葉に周囲がザワつく。
当然である。敬虔なる信徒たるもの、異端信仰者の店に出入りし、買い物までしていたとなればザワつかない方がおかしい。私ならその事を聞いた瞬間、発狂し断食をした上で一週間は神に懺悔の祈りを捧げる。
信徒にとって、異端信仰者のお店で買い物をしていたというのは、それほどのことなのだ。
「それでは、異端信仰者、佐藤悠斗の異端の罪を読み上げる。一つ、神より教会にのみ赦された聖属性魔法。これを魔道具に付与し大量に売買したこと。一つ、教皇様、枢機卿にのみ造る事を許された神の奇跡たる万能薬。レシピの配布によりこれを貶めただけではなく、安価な万能薬を大量に造り売買を行った。ユートピア商会の会頭主、佐藤悠斗よ。この罪を認め罰を受けなさい。」
私がそこまで言った所で、ようやくユートピア商会から佐藤悠斗が出てきた。
表情を見ると、面倒くさいクレーマーがまた来たよ……とでも言わんばかりの顔をしている。
私は佐藤悠斗の顔を見るや、青筋を浮かべると大声を上げる。
「さあ、佐藤悠斗。罪を認め罰を受けなさい!」
すると、異端信仰者である佐藤悠斗は、やれやれ、全く困ったもんだぜとでも言わんばかりの表情を浮かべると、自分が行ってきた行動が責められる理由が分からないと語り出す。
「すいません。質問してもよろしいでしょうか?」
あまりにのんびりとした言い様に、私は面を喰らってしまう。
私の言っている説教の意味をまるで理解していないらしい。
きっと教養が足りていないのだろう。
「質問を許す。手短に答えよ。」
私は寛大な心で、異端信仰者の言葉を受けいれる。
異端から正統側へとする事は大変な苦労を伴う。
これも異端信仰者を正統側へと導くために必要な事だと思いそう口にした。
「聖属性魔法の付与された魔道具は、迷宮でも発掘されます。そしてその魔道具は冒険者ギルド又は商業ギルド経由で売りに出されるのですが、教会側から異端とされた事はありません。私の件もこれと同様です。また教会の造る万能薬を頂くには多額の喜捨が必要になると聞いています。多額の喜捨を納める事が出来ない方にも万能薬を安価で提供したいと思う事はそんなに悪い事でしょうか? 多額の喜捨をしないと頂けない教会の万能薬より、安価な分国民の為になっていると思うのですが……? それに教会は各国より支援を受けていますよね? 教会運営が余裕で行える程の支援を……それであれば、多額の喜捨は必要ないのではないでしょうか? 私には既に代金を受け取っているのにも関わらず追い銭を迫っている様にしか見えないのですが、如何でしょうか?」
そしてその言いぐさを聞き後悔する。
質問を許すのではなかったと……。
確かに、迷宮から稀に聖属性魔法が付与された魔道具が見つかる事がある。
見つけるのは当然のごとく冒険者だ。
その冒険者にとって必要ないと判断されれば、当然売りに出す。
そして、売りに出された聖属性魔法が付与された魔道具の情報は、ギルド経由で教会に入り、教会側が高値で買い取り保有される事となる。
その為、結果として聖属性魔法が付与された魔道具は売買されている。
しかも冒険者が教会側に売る形でだ。当然、教会側に売った所でお咎めはない。
奴はこの矛盾点について問い質す事で、異端ではないと言いたいのだろう。
そして万能薬。
これについては、異端審問官長とはいえ、どのように造るか漠然とした知識しか与えられていない。
確かに、教会では高額の喜捨をした者に万能薬を与えている。
当然だ。安売りしたらどんな事が起こると思う。
万能薬を求める者が教会に殺到する。
1日、2日休んでいれば治るような風邪に万能薬。
ちょっとクシャミをしただけ、その予防に万能薬。
ちょっと胃が痛い。そんな時の胃薬代わりに万能薬。
だからこそ、万能薬を与えられる者を喜捨で選択する。
それは非難されるべき事だろうか。
異端信仰者の質問を許してしまったが為に、王国民の白い視線が付き刺さる。
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