異端審問官に対する対処①

 聖モンテ教会の司祭マリオがユートピア商会と、私の商会を訪問してから10日、聖属性魔法が付与された魔道具(万能薬のレシピ付き)の販売は絶好調。

 聖モンテ教会からちょっかいをかけられることもなく、悠斗は悠々自適に日々を過ごしていた。


 いつも通りユートピア商会のバックヤードで指輪に聖属性魔法を付与していると、商会の前に馬車が止まる。その馬車から上機嫌な表情を浮かべた私のグループの会頭マスカットが降りてくる。

 そしてユートピア商会の扉を潜ると、従業員のジュリアに声をかける。


「そこの者よ。すまないが悠斗のいる所まで連れて行ってくれ。」


「は、はい。承知いたしました。」


 マスカットがジュリアについていくと、バックヤードに通される。


「悠斗様。マスカット様がお見えです。」


 ジュリアが悠斗に声をかけると、悠斗は作業の手を止め背伸びをする。


「マスカットさん、随分と早いお帰りですね。スヴロイ領の土地の買い付けはうまくいったんですか?」


「ふっ、お主の情報のおかげで思っていた以上の土地を安く手にすることが出来たからな。元々、スヴロイ領はフェロー王国の玄関口としての役割しかなかったからな。土地は余りに余っている。迷宮発見の報と共に地価が上がるのが楽しみで仕方がないわ。さて土地の買い付けは済んだ。すぐに冒険者ギルドへと迷宮を発見したことを報告しに行くぞ。今すぐだ!」


「い、今すぐですかっ!? でも今報告に出かけたら、明日納品する予定の私の商会に納品する魔道具が足りなくなりますけど……。」


「そんな事はどうでも良い! スタンには私の決定で明日の納品数に支障が出ることは伝えておく。それでいいだろう。スヴロイ領に冒険者がほとんどいないとはいえ、今この時にも発見される可能性もある。新鮮な情報はすぐにギルドに流し、確定させる必要があるのだ。それでは悠斗を借りていくぞ。安心しろ、悪いようには扱わん。」


 そう言うと、マスカットさんは俺の腕を掴み馬車を停めている商会前まで歩き続ける。


「ま、待って下さい。マスカットさん! 俺にもやることが……。」


「なにを言う。元はと言えば悠斗、お主が流した情報だぞ。お主を信じて土地の買い付けを行ったのだ。お主のやることは私の商会の依頼がほとんどで他にはないだろう。その商会主である私がそれでいいと言っているのだ。問題は解決したな。それでは冒険者ギルドに行こうではないか!」


 マスカットさんのテンションがヤバいことになっている。

 迷宮発見とは、そんなにも利益が見込める案件だったのか……。

 もし迷宮核を複数所持していることが知れたら大変なことになりそうだ。


 悠斗はこれまでの自分の行いをほんの少しだけ反省すると、ため息をつきながら冒険者ギルド行きの馬車へと乗り込む。


「――どうなっても知りませんからね……。」


「問題ない。まあ、先に土地を買い取ったことでスヴロイ領の商業ギルドは良い顔をしないかもしれないが、ギルドが私にそんな事を言える訳もない。迷宮発見前に買い付けた土地の買い付けは正当なものだからな。土地といい、聖属性魔道具や万能薬の販売といい、悠斗のおかげで信じられないほどの大金が入ってきそうだ。」


 マスカットは高笑いを上げると、急に神妙な顔を浮かべる。


「とはいえ、この一件で完全に聖モンテ教会を完全に敵に回してしまった……はずだ。ポーションから始まったこの騒動も、聖属性魔法が付与された魔道具や万能薬を店頭に売ることで教会に目を付けられ、既に異端審問官がこちらにこちらに向かって来ているかもしれん。聖属性魔法が付与された魔道具をこんなに沢山販売することや万能薬のレシピを流すことはこれまでなかったことだからな。だが、これさえ乗り切ることが出来れば一生安泰に暮らすことができる。今まで教会が喜捨と共に施してきた万能薬、これを量産し民へ行き渡らせることで多額の喜捨をしなくても万能薬を入手することができるのだ!」


 俺が嗾けたこととはいえ、そんなことまで望んでいない。

 この世界での常識知らずがどうやら悪い方向に出てしまったようだ。

 それに異端審問官って何!? 滅茶苦茶怖いんですけど!


「教会の方々とは、そんな悪い関係を築きたくないのですが……。」


 そう言うと、マスカットは呆れた表情を浮かべて呟く。


「悠斗よ。もう遅い。教会にとって聖属性魔法そして万能薬の存在はとても大切なものだ。それを売り捌くことで完全な敵対関係となってしまった。私もまさかこんなことになると思ってもみなかったが仕方がない。諦めなさい。」


 マスカットの言葉に、俺はガックリとうな垂れる。


「そういえば、異端審問官という言葉が聞こえてきましたが、異端審問官って何ですか?」


「うん? 異端審問官とは、聖モンテ教会の教義に反する異端者を裁く者たちのことだ。」


 なるほど、聖モンテ教会の教義に反する異端者を裁く者か……うん? 俺は別に聖モンテ教に入信している訳でもないし関係ないんじゃ……。


「じゃあ俺は関係ありませんね。聖モンテ教に入信していませんし……。」


 俺がそう答えると、マスカットは唖然とした表情で呟く。


「――そんな訳がなかろう。聖モンテ教会の教義に反したことが問題なのだ。おそらく、聖属性魔法が付与された魔道具、そして万能薬を販売したことを異端として私たちにさし向けられている可能性が高い。」


 それって大変なことなんじゃ……。

 なんでマスカットさんは平然としていられるんだろう?


「なんでマスカットさんは、平然としているんですか? 異端審問官が異端者を裁きに来るかもしれないんですよね?」


「平然としている? そんな訳が無かろう。それに勝算なくしてこんなことは手を出したりするものか……考えなしにこんなことに手を出していては命がいくつあっても足りん。」


 そう呟くと、マスカットさんは俺に視線を向けてくる。


「悠斗、お主が言ったことが始まりだ。当然、責任を取ってくれるのだろう?」


 マスカットがそう呟くと、とてもいい笑顔で悠斗の肩を掴むマスカットがいた。

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