上機嫌なマスカット
「悠斗、お主に怖いものはないのか……?」
マスカットは呆れたような表情を浮かべると、悠斗が差し出してきた指輪を手に取る。
「【聖属性魔法】を付与した指輪の販売……そして、その購入者に万能薬の作り方を配布するなど、教会を敵に回すようなものだぞ。」
なんでそうなるのか分からない。
俺はただ、販売停止になるポーションの売上を補填するため別のものを売り出そうとしているだけなのに。
「えっ、なんで教会を敵に回すことに繋がるんですか? 俺がやろうとしていることは、【聖属性魔法】を指輪に付与して魔道具として販売しようとしているだけですよ? サービスに
教会がどうやって万能薬を作っているかは知らないが、販売するのは聖属性魔法を付与した魔道具だし、広めるのは
悠斗は知らないが、【聖属性魔法】の付与された魔道具のほとんどは、教会が回収している。当然、過去に【聖属性魔法】を使える者が偶々、飲料に【聖属性魔法】をかけ万能薬を作り出してしまった際も、それが万能薬だと知れる前に対処もしている。
悠斗の自信満々な言い切りに、そうかもしれないと錯覚したマスカットは呟く。
「う、うむ。……そ、そうか? ま、まあ確かにそうかもしれんな。最近、色々なことがありすぎて少し神経質になり過ぎていたのかもしれん……。」
確かにマスカットさんにしては、神経質すぎる。
こんなマスカットさんはマスカットさんではない。
とはいえ、内心ほんの少し、ほんの少しだけ無茶なことをお願いしている自覚はある。
「なにかあったんですか? (この販売を手伝って貰うことですし)俺に出来ることなら力を貸しますが……。」
悠斗の言葉に、マスカットはため息をつきながら愚痴を零す。
「ここだけの話だが……マデイラ王国に続き、アゾレス王国の迷宮が踏破されてしまったらしい。ああ、マデイラ王国にあった迷宮を踏破したのは悠斗、お主だったな……。
あの時はあの時で困っていたが、マデイラ王国とアゾレス王国は元々、休戦状態だったためどちらかの国からは撤退することを決めていたからいい。問題はアゾレス王国だ。まさかマデイラ王国からの撤退を決めてから数ヶ月の間にアンドラ迷宮とボスニア迷宮の2つの迷宮が踏破されるとは思いもしなかった……。
おかげで冒険者や観光客の数は減り、特にアゾレス王国に出店している【私の宿屋】など大打撃を被っている。それに加えて、地盤沈下の恐れも出てきているとなれば、アゾレス王国での出店も諦め撤退するほかあるまい。
まったく、誰かはわからんが余計なことをしてくれたものだ。
……いや、何度でも言うが、別にお主がマデイラ王国にあったマデイラ大迷宮を踏破したことを恨んでいる訳ではないぞ? まあマデイラ大迷宮が踏破されたと情報を掴んだ時は早すぎると、ヒヤヒヤしたものだが……。」
マスカットの愚痴を聞いた俺は顔を引き攣らせると、心の中で謝罪する。
「いや、災難でしたね(申し訳ございません)。きっと(それ俺のせいです)良いことありますよ。なんでしたら、(お詫び代わりに)マスカットさんの喜びそうな情報をひとつプレゼントしましょうか?
そうです、そうです! それがいい! 実は、フェロー王国のスヴロイ領近くにある森にまだ未確認の迷宮があるんですよ。スヴロイ領はフェロー王国へと続く通り道のためか少し寂れていますけど、迷宮が見つかったとなれば、地価も上がり、多くの人が集まると思うんですよね……えっ!?」
そう呟くと、真顔のマスカットが俺の肩をガッシリと掴みガシガシと前後に身体を揺らしてくる。
「今の話は誠か? スヴロイ領のどこに迷宮がある? 階層数は? 未確認と言ったがこのことを知っているのはお主だけか?」
えっ、なんで肩掴んで揺らしてくるの!?
「ちょ、ちょっと。待って下さい。一度にそんなに質問されても答えることができませんよ。ま、まずは肩を揺らすのを止めてください。っていうか、やめてー! わかった。わかりましたから!」
マスカットの肩揺らしから解放された俺は、子供たちとのレベリングで森に行った時のこと、その時迷宮を見つけたことを話し、おおよその場所を口頭で伝える。
「――スヴロイ領近くの森、その奥深くに迷宮が……確かに、スヴロイ領の森には多くのモンスターが生息していると聞いてはいたが、まさかそれほどまでとは……。良い情報を貰った。早速、スヴロイ領の土地の買い付けを行わなければいけないな。あとはその情報を領主とギルドに流すタイミングだが……それだけのモンスターを掃討した後であれば、すぐに大事になることはあるまい。悠斗よ。情報を流すタイミングはこちらに任せてもらってもいいか? 時が来たら、悠斗には冒険者ギルド経由で、迷宮発見の報告をしてもらう。今はAランクだったな……おそらく、迷宮を発見した功績でSランク冒険者になることができるはずだ。それに、使い切れぬほどの報奨金が貰えるぞ。迷宮にはそれだけの価値があるからな……。」
その話を聞いた俺は少しばかり後悔する。
あまりに悲観的なマスカットの愚痴に、ついスヴロイ領で見つけた迷宮のことを話してしまったが、まさかそんな大事に発展するとまでは思ってもみなかった。
言われてみれば、マデイラ王国とアゾレス王国も、名もなき迷宮を巡り争っていた訳だし、そうなるか……。
「は、ははっ……わ、わかりました。その辺のことは、マスカットさんにお任せいたします。」
俺が苦笑いを浮かべながらそう言うと、満面の笑みを浮かべたマスカットが悠斗の肩を掴み話しかけてくる。
「いや、今日は良き日だ! 初めは、知らず知らずの内に、ポーションではなく万能薬を納品され教会から目をつけられるなど何たることかと思っていたが、これも怪我の功名か。いや良かった! 【聖属性魔法】を付与した魔道具と万能薬のレシピの拡販については任せておけ! また後日連絡をするからな。」
迷宮の話を聞いてから終始ご機嫌なマスカットは俺をユートピア商会に送り届けると、上機嫌のまま馬車に乗り込み走り去って行った。
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